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イイタカムシトリスミレ 目次

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2008櫛田川上流域の山野草
2007年ムシトリスミレ画像
イイタカムシトリスミレ参考文献・探索




イイタカムシトリスミレ参考文献・探索

ムシトリスミレ (イイタカムシトリスミレ)   2007.5.中旬撮影
三重県指定天然記念物「蓮のムシトリスミレ群落」(松阪市飯高町)
平成5年3月8日に三重県の天然記念物に指定
三重県自然環境保全条例に基づき、平成15年度に三重県指定希少野生動植物種として指定

ホームページ管理者:生育地が推定できる文言、画像はなるべく避けました。

三重県天然記念物ムシトリスミレ探索顛末記
苦労して撮ったムシトリスミレの写真
 十数年前に谷遡行したことのあるM谷の最上流にある滝見のため、朝早くから出かける。地図に記載されている登山道をたどれば、途中の遡行が省ける予定だったが、どうも廃道のようである。あきらめ帰路登山道から川原に出たところ、休憩中の植生調査員と出くわし、話が弾み、ムシトリスミレのデジカメ画像を覗かせていただきました。もちろん生育地は絶対教えることはできないとのことです。
 私もムシトリスミレの写真を撮りたいとの思いを強く抱きました。帰路、蓮でムシトリスミレ採集禁止の看板があったので写真に撮りました。生育地の手がかりは何もありません。M谷で休憩していたのだからこの谷に間違いない。
 それから、ネットや図書館で資料を懸命に調査しました。だけど年中、水の滴る絶壁に生育するとの環境以外、具体的な生育場所に関する情報をつかむことがで来ませんでした。ネットで見る限り、行政や市民の有志がムシトリスミレ保護連絡会議を結成し、保護活動を行ってい、また全国の食虫植物愛好家にはその場所は知れわたっているみたいだ。誰も教えてくれない。挑戦するしかない。
 とはいっても、M谷には水の滴る絶壁はいくらでもあります。地図上の絶壁箇所を順番につぶしていけばよいのだ。もうこれしかない、決行あるのみ。
 一日目は、谷の入口に近い絶壁から。絶壁の裾をつたって谷を登るのだから、谷の遡行以上厄介な登りだ。この谷は両側から絶壁が狭まり、これ以上登れない。その上を覗き見して帰る。
 二日目は、一日目の行き止まりの谷はあきらめ、分かれている谷も絶壁になっているのでそれに沿って登るが、尾根上まで登ったがムシトリスミレ見当たらず。引き返し、一日目の行き止まり谷に何とか踏み込みたいと。今日の谷の絶壁の下のほうでを越えれば何とかなりそうだ。挑戦するも恐ろしい谷を覗きこんで撤退する。
 帰宅し、ネットをあらため確認すると、生育地へは案内人なしでは絶対いけない場所といずれも書いている。それらしき絶壁で囲まれた谷を地図上で探す。ここだ、この谷以外にない。
 三日目、地図に書き込んだコースの箇所で登山道から山に分け入るが、急峻で登れず撤退する。時計見るともう11時半過ぎ、これでは目標とする谷に入る尾根越えもおぼつかない。明日も天気はよさそうだから、今日は尾根までの道を確認しよう。何とか登れそうなところから、尾根を目指すことにしよう。ブッシュのない、石だらけの慣れた谷遡行が一番、これで高度を稼ぎ、適当な斜面を見つけて尾根へ登ろう。
 あるではないか、直ぐ隣に、急峻な先の見えない谷だが。まあ、ゆっくりあせらず、登ろう。あえぎあえぎ登ったところ前方を見ると、何たること。絶壁ではないか、絶望、万事休す。 
 ちょっと待てよ、なんだか見覚えのある絶壁ではないか。あるネットが絶壁の全貌を写していた。それではないか、近づいて見る。絶壁の裾にムシトリスミレらしきものが見えるではないか。さらに登る、採集禁止の看板がある。やったぜ。12時少し回っていたが、昼飯は後回して、写真撮影。
 では、ムシトリスミレを観賞しましょう。

もう一ヶ所の生育地
 上の写真撮影後、ある人からの情報により、別の場所にもう一ヶ所生育地があることがはっきりしました。下記の文献で2箇所に生育地があることは判っていたのでしたが、確信が持てずにいました。
 情報を得た翌日、早速探索に出かけました。地図に示されて場所を明示されたわけではなかったので、おおよその位置の崖をめがけて登りました。その崖に沿って登りつめると、隣の谷に下りて行きました。これは重要なポイントで聞き間違っていることに気づきました。振り出しに戻り、改めて谷筋を見渡し、登り続けていると、あるポイントに達しました。その時、情報提供者の20mとポイントとを取り違えていたことに気づき、いとも簡単に第2の生息場所に達することができました。
 直ぐ撮影となりましたが、ここは撮影には不向きな場所です。私のカメラの能力では満足なものが撮れませんでした。ですがせっかく撮ったものですので、この
ムシトリスミレ (イイタカムシトリスミレ)に3枚掲載しておきました。
 ただ、この蓮の谷はヒルが多いと聞いてますが、いままでに何度も谷遡行に来てますが、一度もヒルの被害にあっていません。しかし、今回、頭を木にもたれて長く撮影に頑張っていたので、その間に頭皮に乗り移られやられたのでした。

『日本生物教育会第49回全国大会 三重大会 
記念誌 「三重の生物」  1994年8月  三重生物教育会』

飯南・飯高地方の植物の中第四項24〜25ページ記載全文
  
 注:?00mは管理者が変更、理由:生育場所につながるので
4.氷河期の残存植物ムシトリスミレの生育
 ムシトリスミレPinnguicula vulgaris Linn.は,元来寒冷地に生育する植物であるが,飯高町の高さ?00mと?00mの二箇所で,群落を確認した(1992年5月)。
 本州中部以北の亜高山や高山帯に分布する食虫植物のムシトリスミレは,四国の剣山国定公園石立山の高度約1,000mに隔離分布していることが知られている。近年,飯高町でも隔離分布していることがわかった。生育地は,低地帯上部に相当する落葉広葉樹林の茂る,ほぼ垂直な岩壁の一部がオーバーハングしていて,絶えず水滴がしたたり落ちている岩壁である。
 ムシトリスミレの発見は,当地に住んでいた植物愛好家の上岡恵一氏によるもので,約10年ほど前である。

 その後,愛好家のあいだでは話題になり,1987年の「自然と野生ラン」の中で種名が記載されている。
 ムシトリスミレの生態を詳しく知ることができたのは,三重野生蘭の会会員の清水達夫氏が,当地方の山草展示会場で撮った一枚の写真を見せて下さったのが発端であった。半信半疑であったが,隈なく谷ごとを調査した清水氏や同好の士である古儀茂氏,飯高山岳会会長の辻本恵計氏や会員の方々,三重野生蘭会長の中西務氏,地元の中桐豊彦氏や佐野英紀氏,大東孝氏など多くの方々の協力得て1992年5月に現地を確認できた。
 三重大学生物資源学部助教授の武田明正氏によると,そそり立つ岩壁の岩肌50uにわたり,1u当たり約百数十株(多くは幼生)が群生していることがわかった。1993年5月三重県の天然記念物として指定された。飯高町では盗掘を防ぐため,住民が一体となってパトロールの強化や町の条例を設けるなど絶滅させることのないよう,保護こ努めている。

植物研究雑誌 Vol.72 No.4(August 1997) 要約 原著  武田明正,渡邊定元:(72: 229 - 237)
三重県のイイタカムシトリスミレ(新変種)の群落維持機構
我が国の中部に位置する三重県の台高山脈で新しく発見されたムシトリスミレPinguicula vulgaris (Lentibulariaceae)の新変種を保全するための基礎的資料を得る目的で,それらの群落維持構造を調査研究した.(1)この植物は,黒色粘板岩,砂岩,チャートの互層でまれに石灰岩を伴っている岩壁に生育していた.(2)群落の分散様式は集中分布であった.これは,この植物が粘板岩などの節理にそって定着しているためである.(3)ロゼット当たりの葉数にもとづいて調べた生育段階別頻度分布は,この群落が,生育段階の進行にともない,指数関数的に個体数を減らしていることを示唆している. このことから,本群落では,ほぼ一定の割合で幼植物が補充され,また,個体数がはぼ同じ割合で死滅していると推測された.(4)この個体群の半減期は,発芽した個体が開花結実するまでには,個体数が1/8から1/32にまで減少することを示唆した.(5)これらの結果は,本群落は持続的であるが,自然撹乱や人為的な原因により着果段階に達した個体の減少がすすむと,急速に群落が衰退することを示している.(6)この植物は,母種と比較して葉や花の形質が異なることから新変種とし,イイタカムシトリスミレ(Pinguicula vulgaris var. floribunda)と命名された.(三重大学生物資源学部)