ダン…、ッ!
両腕を掴まれ強引に反転させられる。そのせいで扉側に背をつくような格好になった。
「…何す……!」
正面目線より上方、精一杯睨みつけるが、ゲイナーには正面の男の表情が怒っているのか笑っているのか判断はつき兼ねない。
「云っておくが、部屋に連れてきたのは、別に他意あっての事じゃないぞ」
ぐ、と腕を掴む手に力が入る。じわりと鈍い痛みが走って思わず眉を顰めた。
「途方に暮れてたお前に、良かれと思ってここを貸すつもりだったんだ。…が、」
そして、ゲインの瞳が、まるで自嘲するよう僅かに弧を描いた。
「どうやら俺は完全に信用を失ってるらしいな」
「あ…当たり前じゃないか!」
無理矢理あんな事をしておいて、今更信用しろなんて云う方が間違っている。
その反応が何やらツボに入ったのか、しばらく俯き低く笑っていたゲインだが、ようやく、ゆっくりと顔を上げた。
「…そうか。ならもう、まだるっこしい事は無しにしよう」
「…っへ?…ってうぁ……!」
突然、耳許に濡れた熱い感触。それが男の舌だと理解するまで数秒の時を要した。
「な、に…っ!……っん…」
ぴちゃ、と耳朶から耳の外郭。そして敏感な耳の裏に舌が移動。
ゲイナーの両腕を片手で軽々と扉に押し付け拘束したまま、もう片方の手は上着を強引にたくし上げていく。
「…い!」
これは。
この状況は。
以前の事がフラッシュバックしそうになって慌てて首を振り、拘束を解こうと暴れた。
「嫌だ!離せ…っ、ゲイン……!!」
丹念に耳を愛撫され、たまらなくなって無意識に首を竦める。じっとりと濡れた舌は耳の穴にすら容易く侵入していく。
「…ん…っ!」
ぞろりと奥を舐められた途端、ビクリと反応してしまう、そんな自分が恨めしい。
同時に、ひた。と上着をたくし上げられた素肌の胸に掌を置かれ、身体が震えた。
「嫌なら拒め」
「…、」
「お前が本気で嫌がるなら、これ以上の事はしない」
唐突に選択肢を提示される。それなのに、考える猶予も与えられず、ゲインの唇はゲイナーの敏感な部位を探っていく。
首筋に掛かる熱い吐息。
ぼやけた視界に映る、濃緑の髪の毛。男の横顔。
「拒まないなら、」
野生の獣特有の、赤裸々な本能を乗せた瞳に射すくめられて、一瞬呼吸する事すら忘れてしまった。
そして。
「今ここでお前を抱くぞ」
吐息のみで囁かれたそれは、ゲイナーの身体を縛る効果を十分発揮した。
「…っぁ、や…」
ゆるゆると首を振り、必死で思考放棄した脳をゆり動かす。やっと口から出た言葉は意味を成さないものだった。
熱を持った掌が肌を這い回る度、あの時の恐怖が沸き起こる。
「…ぃ、」
「聞こえない」
弱々しい声はバッサリ打ち捨てられ、そのままゲインの舌は再び方向を変え、耳朶を緩く噛んだ。
ぞくぞくっと背筋を駆け上がる甘やかな衝動。
「いや、嫌…っだ…」
「聞こえない」
チ、と耳の裏に強く口づけられ、ビクリと肩が揺れる。
「…うそ、き、聞こえてる…っ、クセに……ん…っ、」
ゲインの髪の毛が肌が声が指が瞳が、ゲイナーを無情に篭絡していく。
次第に熱を持っていく身体とは逆に、背後には扉の固く冷たい感触が伝わって底の無い絶望感が自分を包み込んだ。
「…っ、」
指の腹が胸の突起に引っ掛かり、思わず身を捩る。が、その微力な抵抗は軽く無視された。
緩く撫でられ、押し潰され、じわじわと丹念に弄ばれては、漏れそうになる声を押し殺す。
愛撫される度、腰の付近から沸き上がる妖しい感覚をやり過ごそうと、両目をつむって必死に耐えた。
「い…や、っ、」
「嫌なら本気で抵抗しろよ」
「…っ、ぅ」
白い首筋から顔を離さず、ゲインが呟いた。
「それとももう降参かい?」
反論しようと考えた言葉は、しかし次に襲った衝撃で無に還る。
胸許を這い回っていた掌が、下腹部に伸びたのだ。
「…ゲイ、ン……!」
ありったけの力を込めて拘束しているその手を解こうとするのだが、腹立たしい程びくともしない。
ゲイナーの抵抗虚しく、器用な手の動きによって、降ろされたズボンと下着はだらしなく膝の途中に蟠る。
ひやりとした外気が肌を刺したかと思えば、間を置かずゲインの大きな掌がそこを包み込む。
「…やめっ」
ゆる、と擦られ息を呑んだ。この甘い感覚。
ゲイナーは本能的に知っている。そして自分がそれから逃げられない事も。
同じ男だ。何処を触れば気持ちいいかなんて、きっとゲインは熟知している。
それを示すように常に弱い部分を擦り、触れてくる。そうして何度も中心に刺激を与えられて、それでも耐えた。
「頑張るな、少年」
ふ、とゲインが鼻で笑った。この男の考えている事がさっぱり分からない。
何故、自分を抱くのか?ただの嫌がらせ?気に入らないから?…そうかもしれない。
ゲイナーは体内に篭っていく快感を逃がす為、わざと出口の見えない思考に集中する。
「…だが、妙な意地を張ると後が辛いぞ」
クチュ、と先端から滲み出た液体を指に絡ませながら緩く扱かれ、
思わず達しそうになったが、咄嗟に自分の唇を噛んでそれをやり過ごした。
「…っく、…ん」
その時。突然両腕が解放され、ゲイナーの腕が痺れを伴い、だらんと元の位置に戻る。
同時に先程まで自分を拘束していたゲインの左手が、今度は唇に伝うように触れてきた。
「馬鹿。噛み切る気か?」
無理矢理顎を上げさせられ、口を開けさせられる。
侵入してきた太い親指が歯列をそっと辿った後、口内で縮こまる舌を撫でられた。
ざらりと肌、そして塩味。奇妙な感覚。
「…ふ、…っ」
「我慢せずに達けよ」
云って、右手の指先に力を込める。
もう、何度襲った射精感をやり過ごしてきたのか、自分でも分からなくなってきている。
けれど、この男にいいようにされるのは、絶対に、絶対に嫌だ。
「…れが……っ、」
半開きにされたせいで、喋ると嚥下しきれなかった唾液が口角から伝う。ますます情けなかった。
解かれた両腕は長時間まとめられ不自由な格好で頭上にあったので、未だ痺れて動かせない。
ゲイナーの理性とは裏腹に、限界を訴える身体は精の解放を望んでいた。
立っているのもやっとの両脚は小刻みに震え、幾ら力を込めたとしても少しの刺激で崩れ落ちそうになっている。
勿論ゲインはそれを見逃がす訳が無い。緩慢に動かしていた手の動きを、強く、そして速度をつけて限界寸前でひくつく中心を扱き、ゲイナーを追い立てた。
「…っぁ、…!」
ひくん、
腰が浮く。全身を奔流していた快感が、出口を求めて中心へ収束していく。
嫌だ。
嫌。
いや。
理性が身体に裏切られていく恐怖。そして脳髄が麻痺しそうな、強烈な快感。
視界が白くぼやけた、その瞬間、ゲイナーは反撃とばかりに、口内にあったゲインの指に思い切り噛みつく。
「…つっ、」
痛みを堪える、くぐもった声。一矢報いたその満足感はしかし、その直後自分を襲った射精による脱力感の苦しみに取って変わられたのだった。
「………、は、ァ…」
身体に全く力が入らない。ずるずると扉に預けた背中が崩れ落ちる。
肩で息を整えているのだが、ゲイナーは未だ指一本動かせないでいた。
太股が、脹脛が先程の余韻でヒク、ヒクと軽く痙攣しているが、それすら気に掛ける事が出来ない。
ゲインも同じくその場に屈み込むと、くたりと沈むように座っているゲイナーと視線を合わせた。
「だから云っただろ?意地張ると後が辛いって」
我慢を重ね続けた上での射精は、強烈な快楽を手にする事が出来る。同時にその後延々と続く甘さと怠さを伴った脱力感も。
ゲイナーにとってそれは彼の意とするものでは無く、逆に仇になってしまっていた。
「しかし…やってくれたなゲイナー」
ゲインがそう云って親指を上げる。そこには綺麗な噛み痕と、浮き出る細い鮮血。
「まさか噛みつかれるとは思わなかったぞ」
少しだけ楽しそうに、そこを舐める。瞳をチラと向けながら、ざまあみろ。とゲイナーは思ったが、
情けない事に未だ全く身体を動かす事は出来なかった。
「…ま、ここまで思い通りにならないのも、面白いがな」
顎に手をあて、小さな声で独りごちた後、ゲインがすっと立ち上がった。そしてこちらに伸びる腕。
「…な、に?」
未だ収まらない早い呼吸を整えながら、不審そうに見上げれば、男は意地悪そうにヒョイ、と片眉を上げてにやりと笑う。
「立てないんだろ?ずっとそこに居るつもりか?」
「…ほっといて、下さい」
憮然としたまま返事をすると、無理矢理グイッと腕を引っ張られた。
「ちょ…!」
そのまま腕に抱き込まれて、ほとんど脚はぶらりと宙に浮いたまま、ゲイナーは再びゲインに拉致される。ただし今度は部屋の奥に。
「ほんと素直じゃないというか可愛くないというか。まあ可愛さを求めるのは間違いか」
「可愛くなくって結構です…っう、わ…!?」
真っ暗な部屋。
予告無く抱いていた腕を離され、バランスを失いその場に落ちる。
軽い衝撃がゲイナーの腰に響いた。が、その柔らかな感触は以前にも味わった事があるものだった。
(…ベッド!!)
振動でくらむ頭を抑えながら、それでも何とか乱れた服装を整え起き上がり、必死でそこから這い出そうとする。
しかし闇の中から腕が伸びて、あっさりと引き倒された。
「おっと。自分だけ気持ち良くなっといた挙句、また逃走かい?」
笑いを含んだ声が降ってくる。暗すぎてゲインの顔は見えない。
「…!そんなの!あ、あれはあなたが勝手にしたんじゃないですか!」
「その考えはちょいと虫が良すぎるな。世の中は常にギブアンドテイク、だ」
その声と共に、折角整えた服が、あっけなく且つ手際良く脱がされていく。
結局はこうなるのか?悔しくて悔しくて、ゲイナーはそれでも必死で抵抗した。
どさくさに紛れて奪われる眼鏡。突っぱねた腕は捕えられ、そのまま掌にキスされる。
こういう場面でもゲインのキスする姿はいちいちとても様になっていて、見惚れそうになる自分がまた腹立たしかった。
「今度は俺が気持良くなる番、だろう?」
掌に唇を押し付けながら、そう囁いて。薄い肌に伝わる振動がくすぐったくて首を竦めると、今度はそこにキス。
「…っん、」
緩く甘いその口づけにゲイナーが気を取られている隙に、強かな男は着実に行動を移していた。
予め棚から取り出して置いた瓶の蓋を開け、指にたっぷりとその中に入っているジェル状の液体を掬い取る。
勿論、組み敷いている少年に察知されないよう、慎重に。
首筋から喉の窪み、そして鎖骨の部分を舌でなぞって愛撫しながら、力の抜けている細い片脚を肩に抱え込んだ。
「…!なァ…っ!?」
ここまできたらいくら鈍感なゲイナーでも何をされるか予測がつくだろう。
途端脚をばたつかせ暴れ始めるが、ゲインはそれをものともせず、自分の肩に担いだ脚をしっかりと持ち直す。
「いやだ!ゲイン…離し、て!!」
そしてヌルリと濡れた指が、そこに触れる。途端、肌がゾワっと粟立つ感覚に襲われる。
「…いっ!!」
ゆうるりと円を描くように敏感な表面を撫でて、ゆっくり、ゆっくり時間を掛けて一本目の指を侵入させていく。
「ゃ…いや…だ…き、もちわる、い……」
ビクビクッと、過反応を起こすゲイナーの脚に、なだめるよう口づけて。
「嫌か?」
「…やですよ…ぉ!…っふ、ゃ…」
慎重にゲイナーの内を解す人指し指が、ぐり、と動きを変える。それだけで華奢な身体は大袈裟に反応してしまう。
「ひ…っ…、ぅ」
指にたっぷり纏っている透明の液体は、異物の侵入を助ける役目を忠実に果たしていた。
出入りする合間に漏れる濡れた水音が、ゲイナーの羞恥心を更に煽る。
「…でも、もう知ってるだろう?ゲイナー」
「…な……に…、がっ…ゃあ……!」
一際高くなる声。ゲインの指が、以前探し当てたゲイナーの弱い部分を擦り上げたのだ。
「ココでも気持ち良くなれる、って事をさ」
呟いて、内股に口づける。
ゲイナーは元々肌が白いが、日差しに触れない部分は本当に、病的な程色素が薄いとゲインは思う。
北の果てのドームポリスで生まれ育ったという所為もあるのだろう。しかしそれが逆に艶めかしいのだが。
指を抜いて、更に増やす。
挿入する際抵抗はあるものの、内奥はすぐに馴染んで少年が小刻みに震えるだけで、ひく、と締め付けてくる。
「…っう、」
ふと顔を上げると、ベッドの上のゲイナーは、顔の丁度真上で腕を交差させてる格好になっていた。表情を見られたくないのか。
「ゲイナー」
呼んでも予想通り返事は無い。しかしチュ、と濡れた指を動かせば、腕の下から僅かに覗く口許が少しだけ表情を宿していく。
「……ん、…っ、く」
我慢強く喘ぎを殺す口。ゲインは存分に慣らした其処からそろりと指を引き抜くと、
抱えていた脚をシーツの上に降ろして、頑なに腕を外さないゲイナーの髪の毛に、触れた。
「ゲイナー」
「………っ」
「顔見せろ」
「…や、」
構わず半ば強引に、交差している腕を解いた。
現れたのは耳まで真っ赤で今にも泣き出しそうな、くしゃくしゃの顔。
よく見ると、掴んだ腕がぶるぶると小刻みに震えている事に気付く。
「…怖いか?」
「…、だ…っ、て、ま、…また、あの時みたい、に……するんでしょ…?」
唐突にぶつけられた質問に、瞳と同じ薄茶色の髪の毛を撫でながら二秒程考え、間を置いて「そのつもりだ」と正直に答えた。
するとそれを聞いたゲイナーの、眉根を寄せた表情が急速に曇っていく。ふる…と小刻みに揺れる睫毛。
あ。泣く。
確信。
そして。
「…い、っ…痛かったんです……」
ゲインの手が止まる。
屈辱的な言葉を口に出してしまった途端、両眸からボロっと水滴が零れた。
「す、すご…く…っ、…しぬ程、痛かったんですから……!」
一度決壊した涙腺はしかし持ち主の云う事を聞かず、ボロボロと頬を伝っては顎に溜り、そして落ちていく。
情けなくしゃくり上げては、横隔膜の痙攣と必死で戦う。今まで懸命に、思い出さないようにしてきたのに。
それなのに自分の身体は勝手に意趣を翻し、理性を裏切ってしまった。それが一番ショックだった。怖かった。
「…あぁ」
分かってる。と云うように、ゲインの大きな掌が髪を撫でる。何度も、何度も。
「…っ、う……」
「すまなかった」
「……ぅ…っぇ、く…」
「すまなかった、ゲイナー」
耳に染み入る謝罪の言葉。欲しいのは、欲しかったのは。けれど。
「…あ、っぁやまれ…っ、ば、いいってもんじゃ…っ、な…」
ズズッと鼻水を啜りながらの罵倒なんて、格好悪いったらない。
ゲイナーは、泣く事しか出来ないちっぽけな自分に、この時心底厭気が差した。
「全くその通りだ」
頬に伝う透明の滴を唇で掬い取って、真摯な声でそう語られたとしても。
許せない。
許せないのに。
何故自分はこの掌を、指を、唇を拒まないのか。
他人に触れられる恐怖。何故かゲインに対しては発動されなかった。
あんな酷い事をされたのに、どうして?
頬を撫でていた唇が頤に、そして首筋に降りていく感触。
それはささくれ立った自分への問いすら無効にされそうな程、優しくて温かかった。
「…っふ、」
「あの時は、確かに、お前の気持ちも考えず酷い事をしたと思ってる」
首筋の肌の薄い部分に振動するゲインの声。敏感なそこはそれだけでもたまらない刺激となって少年をじわりと襲う。
「でも、そうさせた責任の一端はお前にもあるんだ」
云いながら、これは只のずるい男の言い訳だ、とゲインは思った。
あの時、確かに自分はこの少年に欲情していた。同じ男に、だ。
今までに無かった薄暗い衝動と、じっと潜んでいた本能で、力任せにねじ伏せ嫌がる少年を抱いたのだ。
例え無意識に煽ったのは向こうだとしても、彼に罪など全く無く、実行した自分が誰よりも罪深いのだという事は、自分が一番知っている。
けれど。
この、あらゆるコミュニケーションに対し絶望的に無知な少年を前にすると、云わずにはいられなかったのだ。
「それをお前は全く、理解っていないだろう?」
聞き捨てならない言葉を受け、案の定ゲイナーが顔を上げて反応したが、
「…な…っ、…!うぁ…っ!」
霰もない声を上げ、再びベッドに沈みそうになった。ゲインの腕が、再び脚を持ち上げたのだ。
ジェルと指でぐずぐずに解され熱を持つ後孔が唐突にひやりとした外気に晒され、その温度差が矢鱈恥ずかしく感じる。
「わ!ちょ…!嘘…っ」
あんなに真摯に謝ってくれたのに。
絶対止めてくれると思ったのに。
ゲイナーの背筋に冷たいものがツウ、と伝っていく。冷や汗って本当に出るもんなんだ。などと思っている場合ではない。
「ゲイナー、御期待に添えなくて悪いが、ここまできて俺は止める気は無いぞ」
まるで自分の思考を読んだようにタイミング良くゲインが云う。
同時に、広い肩に担がれた脚は更に大きく抱え上げられ、ぐ、と後ろに熱いものがあたった。
ゾク、と理解不明の感情。そしてかつての経験からくる、恐怖。
不安で一杯の表情を浮かべているゲイナーの顔を見下ろしながら、ゲインは安心させるように、その唇にすっと笑みを滲ませた。
「勿論、今度は痛くて泣かないよう細心の注意を払うつもりだがな」
が、ゲイナーにとっては向けられた笑みすら胡散臭い!と余裕の無い頭で思っているという事を、男は全く知らない。
「そ、そんな気を遣うくらいなら…最初っからしないで下さい…!」
「だからここまで来てそれは無理だって」
「………っ、!」
狭いそこにあてがわれたゲイン自身が、ゆっくり、ゆっくり時間を掛けて中を割り開いていく。
確かにあの時のような乱暴な感じは無い。けれどやっぱり身体はあの恐怖を忘れられないでいる。
「…や、だ……っ」
無意識に詰めていた息を、否定の言葉と共に吐き出すと、そのタイミングを見計らったかのように押し広げられる。
内部を圧迫し始める異物感がどうしても気持悪くて、泣きそうになった。最も、先程涙腺が壊れて盛大に泣いた後だったけれど。
「大丈夫」
「…うそ、つき……!いた、く、しな…って…ん…、く」
ハアハアと呼吸を整えながら、それでも必死でゲインに文句を投げつけた。
そうでもしないと、今再びあの時のリプレイに組み込まれている屈辱的な自分に対し正気を保ってられそうになかったからだ。
「痛くしてないだろう?」
艶のある声を耳許に投下され、思わずゾクンと背筋がしなった。
「…っ、ぅ」
「だってほらもう…全部入ってる」
くすり。と笑って、内部に収まっているものの方向を少しだけ変える。
途端ゲイナーが、ゲインの、綺麗に筋肉のついた首筋から肩口にかじりついた。
「………っ!?」
自分の身体に何が起こったか分からないでいる少年の新鮮な反応に、ゲインは苦笑を噛み殺して懇切丁寧に解説してやる。
「ここ、がお前の感じ易い処。ここを、こうすると」
云いながらそこを、ズ…と内部で擦る。先程よりも強い快感が背筋を駆け巡った。
「…や……!」
「じゃなくて、気持ちいい。だろ」
青少年?
忍び笑いでそう呼ばれ、不覚にも声を上げてしまった自分に精一杯後悔した。
思わず肩に廻してしまった両腕を外そうとするのだが、男はそれを許してくれない。
「捕まってろ」
「は、離して」
「いいから」
「だって………、っん」
透明な粘液に濡れたゲインの掌が、それまで放っておかれたゲイナーの中心へと伸びる。
一度精を放ったそれは恐怖心も相まって最初は全く反応しなかったが、じっくりと、何度も触れてやると徐々に形を示していく。
「…ァ、…ぅ……っく……」
「余計な事は考えるな」
耳許で囁かれる、熱の篭った声。
ただ快楽だけを。
「お前は、感じていればいい」
「…ん……っ、ゃ、だ…」
痛みや圧迫感とは違う、下腹部を侵食していく弛い快感。認めるのが怖くて、必死で拒絶しようとする。
しかしそれを見通しているかのように、ゲインは掌で確実にゲイナーの弱い部分を擦り上げる。
「あ…っ、や……!」
細い身体がシーツの上でのけぞったその時、ゲイナーは自ら放ったもので自分の腹を汚していた。
「…っ、は」
しかし息つく暇も無く、奥を探られる。気持ち悪い、のに。
それ以上に、男同士なのに(よく考えるとこれってすごく問題だ)、何故この身体はこんなにも自分の理性を裏切り続けているのか。
分からない。
もう、考えたくもない。
揺さぶられて、貫かれて。
出ていく不快感と刺される圧迫感がない混ぜとなって、何時しか以前にも味わった仄かな快感へと移り変わっていく。
ゾクゾクっと、繋がっている部分から背筋、そして脳まで一気に迫り上がり、弾ける深く甘い衝動。
雄の匂いに眩暈を起こし掛けながら、ゲイナーは皮肉にも、
強烈な快楽によって意識を手放せる、何も考えられなくなるという事をその身をもって、知ってしまった。
「…ゲイナー」
「………」
真っ暗闇だ。
「おい、ゲイナー」
互いの息遣い。と、ゲインの呼ぶ声。
もう、放っておいて欲しい。どろどろと混濁した意識の淵でゲイナーは思う。
「寝たフリするな」
男性にしては余り顕著ではない喉仏にゆるく噛みつかれて、ひくり、と頤が上がる。
「…?」
ゾク。と違和感。というより異物感?次第に輪郭を持っていく意識は、今だ自分の中にあるソレを認識するに至った。
途端、ぱち。とゲイナーの両目が開き、うろたえながら顔を上げる。
「ち…ちょ、っと…何まだ…っ」
しかし続けようとした言葉は良く考えるとすごく下品な気がして、慌てて口を閉じた。
その様子を上から見下ろしていたゲインは、そっと瞳を細め、悪戯な笑みを乗せる。
きっと何を云いたいかしっかり分かっているのだろう。嫌な男だ。
ジロリと睨みつけてやると、ゲインの目許に広がる笑みは益々深くなっていった。
「まだ?」
「…まだ……じゃなくて、早く………」
ぬいてください…
この地球上でこれ以上に恥ずかしい言葉なんて絶対無い。
ゲイナーは死にそうになりながら呟きつつ、そんな事を思った。
対するゲインは案の定、こっそりと肩口を震わせながら、云われた通りに身体をゆっくりと動かす。
ズ…と緩慢な動きにゲイナーが無意識にぶる、と身体を震わせた。
「…っん、」
内股にトロリと伝う体液の感触がいたたまれず、ぎゅ、と目をつむれば、その薄い瞼にキスをされて。
…。
…?
動きが止まった。と思った瞬間、再びそれが内奥に向かって、擦るように貫いた。
「…ん、ぁ…っ!な、にす…っ」
急激に襲ったその動きにゲイナーの理性はついていけない。
しかし身体は先程達したばかりだというのに、もたらされた官能を従順に受け入れていく。
「や、だ、…ゃく、出て…って」
ゲインはもう知っている。何処に触れれば感じるか。何も云えなくなるのか。余りにも分が悪い。
「…きちんと受け入れてるじゃないか」
苦笑混じりの声で、ここ。と、中でグリ、と動かされ、敏感なそこを擦られ甘い痺れが走った。
それを聞いたゲイナーが、広い背中にギ、と爪を立てる。
「って…!」
「馬鹿な事云ってないで早く…!」
律動する度内から体液が伝い落ち、内股を濡らす。
「…相変わらず、つれないな」
吐息の含有量が多い、途切れた低音が耳をくすぐる。
再び生まれ出る熱、一度快楽を知ってしまった身体は、もう元には戻れないのかもしれない。
朦朧とそんな事を考える。このまま暗転してしまいたい。しかしその希望は冴え渡った神経のせいで儚くも崩れさっていった。
大き過ぎる快楽の波に溺れぬよう肩に手を廻した。逃げるようその首筋に顔を擦り付けた。何時しかそれは媚態に変わっていた。
名を呼ばれるが、返事なんてする余裕は無い。身体の中を嵐が吹き荒れる錯覚。それが怖くて男に強くしがみつく。
「……っく、」
「…、……っ、…!」
足の指先がシーツに深い皺を作り、一瞬だけ二人の時が止まる。
そして、
「…その癖、直せよ」
苦笑しながら僅かに動かしたゲインの右肩には、しっかりと新たな噛み跡が刻まれていたのだった。
何時の間に眠ってしまったのだろう。
泥のように重たい意識が覚醒して初めて感じたのは、壮絶な気怠さだった。
指を動かすのも億劫。ゆるりと視線を動かすと、あれだけ汗と精液で濡れていた身体が、綺麗に拭き取られている。
(〜〜〜………っ)
声にならない心の叫び。やられた。またやられた。しかも自分は何も知らずぐうすか寝ていた…!
ベッドの中で記憶を逆探する。何処から意識が無くなった?確かゲインの肩に、あの時噛みついて、そして、そして…
サアッと血の気が引いていく音。そこから先の記憶が全く失われている。何を喋ったのか、何をしたのか、全く覚えていない。
必死に気を落ち着けて、恐る恐るシーツから顔を出す。しかし部屋の主の姿は無い。
時計を見ると短針が5の数字を指している。ゲインは、バッハクロンに戻ったのだろうか。
「………」
そろそろと上半身だけ起き上がって、辺りの気配を窺った。ひんやりとした早朝の空気が肌をするりと撫でていく。
そのお陰で幾分冷静になった頭が、淡々と思考を巡らせ始めた。
結局、また殴れなかったし。
結局、またこの部屋に来てるし。
結局、また抱かれてしまったし。
袋小路だ。むしろ堂々巡りだ。
「…訳、分かんないよ」
ゲインの態度が、言語が、行動が。
自分の心が。
漠然と、泣きたくなった。
そんな自分が情けなくて泣けなかった。
どうしようもなくて、ごそごそと頭からシーツを被る。
こんな動作すらあの時と同じ繰り返しだ。悔しい。
なのに何故このベッドの中はこんなに安心するんだろう。
嫌い。
なのに安心する。
気持ちいい。
大嫌い。
矛盾した幾つものゲインへの想いが、心の中でせめぎ合う。
答えを出せないまま、目を瞑ってそれらを遮断した。
もぞりと脚を動かせば、まだ体内に残っていたのか、温い液体が肌を伝う。同時に背中を嘗め上げていく、官能。
知ってしまったら、戻れない?
広げた掌の端に触れる、冷たい感触。指先で引き寄せればそれはこの部屋のスペアキーだった。
少しだけ逡巡した後、ゲイナーはきゅう、とその小さな金属を握り締めて、浅い眠りに落ちていった。
◆end◆
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2回目ってロマンだよなあ…と。初めてよりも難しい。
ゲインがすごくゲイナーを好きっぽくて自分でもびっくりします。