部屋の扉を開けたら、窓が無かった。

正確には窓だった部分が壁ごとごっそりとえぐられていた。
ゲイナーは見通しと風通しの随分良くなった室内の景色を呆然と眺めながら、思わず扉に身体を預けずるずると沈みかかってしまう。
あの時、居住ユニットが先頭のシルエットマンモスに次々と引き出された時、一瞬だけ自分の部屋を外から垣間見た気は、するのだけれど。
まさか、こんな惨憺たる有り様になっていたとは。
飛び散ったガラスの破片は毛布と混ざり、横倒しになったゴミ箱からは中身が飛び出し、
雑誌はばらばらとひとりでにページをめくり返している。部屋の中はさながら嵐が過ぎ去った後のようだった。
吹きすさぶ風に髪の毛を揺らしながら、ゲイナーは沈みかけた体勢のまま弱々しくぼんやりと呟く。
 「だから、エクソダスなんて嫌いなんだよ…」

一日完徹そのまま牢獄。
理不尽さに腹を立て、そこで出逢った男に誘われるまま脱走したら本物のオーバーマンへ搭乗、
更にシベ鉄と実戦するなんて笑えない事態が待ち受けていて、
訳の分からないまま戦わされ、ゲーム以上の揺り返しに情けなくも酔って吐いた。
その後、追い打ちをかけるように知らされたのは、一緒に逃げた男がよりにもよってエクソダスの請負人であり、
まんまと自分に人質奪取の片棒を担がせていたという真実だった。ほのかに寄せていた信頼と尊敬は一気に反転、
逆上したのは確かにこちらが先だったけれど、繰り出す拳はことごとく避けられ反対に鳩尾にパンチを喰らって。
意識が戻った時にあの男はキングゲイナーと共にこつぜんといなくなっていた。
意地で追いかけ探し当て、再びオーバーマンを取り返したまでは良かったのだが、
気がつけば戦闘に巻き込まれ、シベ鉄が所有するラッシュロッドと戦うはめになっていた。
窮地を切り抜け辛くも撃退出来たのは、きっと請負人が遠方から放った一撃のおかげなのだろう。
それは確かに認めるが、時間を掛け過ぎユニットを危険に晒した、と怒られる筋合いは無い、と思う。
あんな流れ者に。小さな姫君を人質にする、あんな卑怯な男に。

ゲイナーはあの時の言い争いを思い出し、微かに眉を寄せるとのろのろと扉を閉め自分の部屋を後にした。
いくら居住ユニットの中だからといっても、こんな寒風吹きさらしの部屋で眠る度胸は無い。
それに、ドームポリスから出た今、電力の供給だって今後上手くいくのかも怪しい。
身体は重く今にも倒れそうだったが、ゲイナーは元来た道を引き返し階下に降りると、
うねうねと長く伸びる路地を抜け、ユニットの中央広場に出た。冬至の祭りとエクソダスとシベ鉄の襲撃。
様々な出来事が同時に起こった所為か、日付はとうに変更しているというのに、人々はざわめき、動き、広場は活気に満ちていた。
がやがやと賑やかな喧噪の中、ゲイナーは一時的な避難場所を探して歩く。
おそらく、今回のユニット強制移動で建物が破損し、住居を失った者が自分以外にも多くいると考えたからだ。
現に周囲をざっと見回すだけでも、行方が分からなくなった者を探す紙が至る所に貼られ、
路上には壊れた建物を修理する為の日用道具などを売り出している人々も出現している。
きらびやかな電飾の下、熱を帯びた人の流れと、どこからか微かに響いてくる魅惑的なミイヤの歌声。
歩き慣れた場所が全く景色を変えて視界に飛び込んでくるたび、ゲイナーはまるで知らない世界へ一人放り込まれたような心許ない気持ちになる。

 「ゲイナー君?!」
その時不意に、聴き慣れた声が背中にぶつかった。
驚いて振り返ると、何機か寄り集まったパンサーの前に立ったサラが、小型の拡声器を手に持ったまま意外そうな表情でこちらを見ていた。
周囲の喧噪に邪魔されまいとゲイナーが口を開き息を吸い込んだが、それより先に行動を起こしたのは彼女の方で、
薄桃色の髪を揺らしながら人波を縫ってこちらへと近づいてくる。
 「こんな所で何してるの?」
 「それはこっちの台詞よ。あなた、家に戻ったんじゃないの?」
拡声器を腰のホルスターに引っかけながら、サラが怪訝そうに訊ねてくる。良く見ると鼻の先が微かに赤らんでいた。
ガウリ隊の隊員であるらしい彼女は、こんな時間であっても休む事無く働いているようだ。
 「戻ったら部屋が半壊してたんだ。だから寝る場所を探してる」
こんな様子じゃまた情けない人、と云われかねないなと胸中複雑な思いを抱きつつ、
ゲイナーは半ば自棄気味に呟いたが、返ってきたものは予想に反してとても親身な相槌だった。
それはお気の毒…と続けて云い掛けたサラだったが、何か思い出したのか、
言葉を中断してちょっと待っててね、と元来た方向へ走り出して行った。
云われるままその場に立ち尽くしていると、靴底が小さな振動を感じ取っている事に気づく。
ゲイナーは唇を噛みしめ、地面に視線を落とした。動いているんだ。やっぱり、本当に。

数分して戻ってきた彼女の手には、ガウリ隊のコートと小型の通信機が握られていた。
今度はゲイナーが怪訝そうにサラの顔を見返す番だった。しかし彼女は投げ掛けられる視線を無視して、
無理矢理それらを彼の空いている両手へと預ける。
 「これ、着てて」
 「僕はガウリ隊に入る予定は無いよ?」
 「そういうつもりじゃないわ。そんな格好で外を歩くと冷えるでしょ」
確かに、未だゲイナーは制服姿のままだった。
自室の惨状を目の当たりにした途端、とりあえず疲労した頭の中で寝場所探しが最優先事項となり、
それ以外は何もかも面倒になってしまいふらふらと外へ出てきてしまったからだ。
 「じゃあこの通信機は何なのさ」
半ば強引に茶色のコートを着せられながら
(思えばこれは、バッハクロンのデッキで自分がサラに向け勢い良く投げ捨てた奴なのかもしれない)
不審気に問うと、サラは顔を上げて少しだけ困ったように口を開いた。
 「多分、避難民の受け入れ場所はもういっぱい。だから、バッハクロンの仮眠室を使って欲しいの」
そうして彼女は、先程まで自分も避難民の誘導を手伝っていたのだと云った。
こういう事態を想定して、ピープルの避難場所は事前に確保してあったのだが、それを上回る程の人々がそこに殺到しているのだそうだ。
起こってみないと分からない事だらけだわ、とめくれたコートの襟を手早く直してやりながら、サラが一人ごちるように呟く。
 「バッハクロン…」
 「ゲイナー君はガウリ隊ではないけど、あのオーバーマンの操縦者なんでしょ?」
 「コードネームはキングゲイナーだ」
至って真面目にそう切り返してくる同級生に、なんだか不思議な可笑しさを感じながら、少女は頷く。
 「あそこは関係者しか使わないから。通信機は私直通にしてある。何かあったら使ってね」
この時間帯は周辺警備やピープルの対応に忙しくて皆出払っているだろうし、ゲイナー一人眠れる分はあるだろう。
彼はあの白銀色のオーバーマンを自分のものだと云ったけれど、請負人のゲインに云わせると、
あれはガウリ隊の戦力確保の為メダイユ公爵の城から盗み出したものなのだそうだし、
それならばゲイナーは臨時的ではあるがガウリ隊の所有する機体の操縦者、という事になる。
サラは密かにそう考え、操縦者の保護を優先させる事にした。
ゲイナーには申し訳無いが、ガウリ隊の隊員である自分がどちらの言葉を信じるかは自明の理だった。
 「だけど…」
ここからバッハクロンへの行き方を説明しても、未だ納得出来ないのか、
釈然としない顔で云い淀んでは口を噤むゲイナーに痺れを切らしたサラはその肩をぽんと叩き、
 「時間が空いたら応急処置、手伝ってあげるから。さっさと行く!」
語気を強めてそう云うと、衝撃でふらつく彼をよそにきびすを返し、じゃあねと手を振り元気良く再び人混みの中へと消えていった。

あの時、云い淀んだのには訳がある。
ゲイナーは重い足取りで、バッハクロンに続く薄暗い通路を歩く。
憧れの同級生が出してくれたせっかくの提案に、素直に頷く事が出来なかったのは、
単純にここにはもう二度と足を踏み入れたくなかったからだ。
しかし、自分がこの先キングゲイナーに搭乗しなければ、きっとあの男が乗るのだろうという事も簡単に予想出来た。
それはゲイナーにとって一番嫌な、そしてひどく癪に障る事だった。
歩く速度は次第に落ち、少年の口からは弱々しいため息が漏れてしまう。
めまぐるしく変化していく現状は、今まで部屋に引きこもっていたゲイナーには反動が大き過ぎて、ついていけない事ばかりだ。
エクソダスなんて納得も合意も協力も出来ないし、したくもないけど、キングゲイナーは手放したくない。
突き抜けるスピード、全身を揺るがす振動。もう一度、あの感覚を味わってみたい。
それが今の自分に残された、ここに居るたったひとつの理由のようなものだと。そう思っていた。
ゲイナーは足音を出来るだけ立てずにそれらしき扉を開けていくが、
中は単なる物置だったり用途不明の機材がぎっしり詰め込まれていたりと、なかなか目的地にたどり着けない。
そんなに広い場所では無かった筈なのに、地理感が無い為か今自分がバッハクロン内の何処にいるのかも掴みかねている有り様だった。
睡眠不足と疲労が祟って全身が重く、頭もうまく働かない。
同じような鈍色の壁と装飾が続く中、ゲイナーが次に見つけた扉にふらふらと手を伸ばし掛けた瞬間、背後から声が落ちてきた。
 「部外者は立ち入り禁止だぞ」
気配なんて全然無かった。思わずびくりと身体を震わせたゲイナーが、とっさに後ろを振り返る。
そこには今一番逢いたくない、そして最も関わりたくない男が立っていた。
 「ゲイン・ビジョウ…」
外に出ていたのだろうか、初めて逢った時と同じ白いコートを羽織った彼は、
耳あてを鬱陶しそうに下へずらしながらこちらを見下ろしていた。
対するゲイナーは不意を突かれたばつの悪さを隠すように、警戒心のこもった瞳で相手をにらみ返す。
 「何の用だ?少年。借りを返すにしては随分早いお出ましじゃないか」
しかしゲインは、ぶつけられる露骨に敵意の混ざった視線をものともせず、飄々とした口調でそんな言葉を投げ掛けた。
自分の云い捨てた言葉をちゃんと覚えている事も、それを混ぜっ返して使う事も、ゲイナーにしてみれば気に入らない。
 「そういうんじゃありません。仮眠室を借りに来ただけです」
しかしいくら気に入らなくても無視は出来ず律儀に返答してしまうのも、彼の性分だった。
 「仮眠室?」
 「ユニットを引き出された所為で窓が割れて、部屋がぐちゃぐちゃなんですよ」
思えばこれらは全てエクソダスの二次被害なのだ。
街が動き出さなければ、こんな事にはなっていなかった。自分がこうして路頭に迷う事も。
八つ当たりをするように、引き出された、の部分をより強調して云ってやったが、ゲインは一言、そりゃ災難だったな。
と、すげなく返すだけだった。起こってしまった事を今になってあれこれ云うのは不毛だと、頭の中では分かっている。
けれど感情はどうしても割り切れず、裏切られたという不信感も相俟って、ゲイナーの胸奥で鈍い苛立ちとなってくすぶっていく。
 「案内してやるよ。仮眠室なら逆の方向だぞ」
ばさりとコートの裾を翻して男は一歩足を踏み出すが、少年はその場に立ち竦んだまま動かなかった。
 「いいです。自分で探しますから」
あからさまな拒絶の言葉を背中に受け、
ゲインは少しだけ不可解そうに眉を寄せると、後ろに立つゲイナーを振り返った。
余り体調が良くないのか、バッハクロンの薄暗い照明下でも分かる程、顔色が悪い。
 「迷ってたんだろう?ついて来いよ」
 「いいって云ってるでしょう。僕は、あんたの力は借りません」
一歩近づくと、一歩後退される。安全な距離を必死で保とうとする少年のその態度は、
ゲインから見るとまるで毛を逆立て全身で警戒する野良猫のようだった。これは、懐柔するにはかなり厄介そうだ。
そう考え、男はふう、と息を吐く。
 「…元来た方にまっすぐ戻れ。で、突き当たりを右に曲がって三つ目の通路の一番奥だ」
案内役を諦めたのか、ゲインはやれやれと小さく肩を竦めながら仮眠室までの順路をレクチャーした後、
これなら構わんだろ、と口の端で微かに笑った。先程までとは異なる一歩引いた、そんな男の対応に少しだけ安堵したのか、
ゲイナーの身体を縛っていた緊張の糸が僅かに解れていく。同時にぐらりと、視界が揺れた。
 「ありがとう、ございます…」
気取られないよう慌てて頭を下げれば、目眩は更にひどくなった。
焦点が合わない。踏みしめた地面がぐにゃりと歪む。
ゲイナーは思わず壁に手をつき身体を支えようとしたが、膝から下に全く力が入らず、真っ直ぐに立っていられなくなる。
傍に居るゲインが何か云ったような気がしたが、近いようでひどく遠い、そんな奇妙な距離感を伴い声が耳へと届く為、うまく言葉を拾えない。
血の毛が引いていく感覚に耐えられなくなったゲイナーの瞼が、ゆっくりと閉じられる。
闇と無音の世界に引きずり落とされるその直前、確かに誰かに抱き寄せられた。
頭が痛い。気分も悪い。目の前にあいつが居るのに、こんな格好悪いところ、見せたくないのに。
半ば意識が遠ざかったそんな状況下でさえ尖った自尊心はしきりに叫ぶが、極度に疲労した身体は考える事を放棄しかけていた。
つかれた。もう、どうでもいい。本能が理性を徐々に押しやっていく。
暗転。そしてゲイナーは、伸ばされたゲインの腕の中で僅かな眠りに落ちていった。



溶けた意識が輪郭を取り戻し、次に目を開けた時、
ぼんやりと未だ不明瞭なゲイナーの視界に飛び込んできたものは、
見た事の無い薄汚れた天井の模様と、息が触れそうな程至近距離にある、ゲインの顔だった。
 「ぅわ…ッ!」
反射的に飛び起きる寸前、ひょい、と顔を横にずらし衝突を避けたゲインが、
おはようさん。とすぐ横に置いてあったイスから立ち上がる。かなり光は絞られているが、
ぼんやりと、弱い照明が狭い部屋の形をかろうじて現出させている。上体を起こしたゲイナーは、きょろきょろと辺りを見回した。
緩やかな暖気が頬を撫で、薄い毛布が半身を覆っている。首を動かすと付け根が疼くように痛んだ。
向かい側には簡素な折りたたみベッドが(今は収納されているがおそらく全て開くと三台分になるのだろう)壁に併設されている。
どうやらここが、探し求めていた仮眠室らしい。
 「気分はどうだ」
 「はぁ…、えっと…」
未だ記憶と現状の整理が出来ていないのか、
待てども待てどもうつろな返答しか繰り返さないゲイナーに見切りをつけ、脇に立つゲインは口を開いた。
 「お前は俺の目の前でぶっ倒れたんだよ」
 「え?」
突如飛び込んできたとんでもない言葉に、ゲイナーは思わず自分の耳を疑う。
 「見たところ睡眠不足のようだったからこっちに運んだ。ただし俺の素人判断だから、具合が悪いんなら医務室へ行け」
一方的にそう説明した後、ゲインは再び、気分はどうだと訊ねた。
今度はゲイナーも頷いて答える。頭痛はまだ少し残っているけれど、目眩はしない。
意識は起きた直後よりずっとクリアになっていた。こっちに運んだ、って。じゃあ運ばれたのか、この男に。
 「大丈夫、です」
嫌な疑惑はひとまず置いておこう、と思う。
 「なら今日はこのまま寝ておけ。いつ戦闘になるか分からんからな」
何気ない風に男は続けたが、その言葉をゲイナーは無視する事が出来なかった。
そのままきびすを返して部屋から出ていこうとする請負人の背中に向かって、声を掛ける。
 「待って下さい!戦闘って、僕はまだ…」
戦うと決めた訳じゃない。続けようとした言葉は、こちらを振り返ったゲインの眼差しによって途端に喉から蒸発した。
先程までゲイナーに見せていたどの表情よりも、冷徹で、怖い程真剣な顔つきだった。
 「いいか、少年。今あのオーバーマンに乗るって事は、戦うって事だ。その為に俺はあれを手に入れたんだからな」
 「そ…」
最悪な事態。背中に嫌なものが伝う。
ここは十分暖房が効いている筈なのに、ゲインの蒼碧色の両眼に射すくめられた瞬間、嘘みたいに芯が冷えた。
 「戦う気が無いなら降りろ。エクソダスしたくないってんならドームへ戻ればいい」
 「……そ、そんなの、勝手じゃないですか!」
ぴく、とゲインの眦が微かに動く。
その態度に気圧されまいと、ゲイナーは拳をきつく握りしめながら、堰を切ったように続けた。
 「キングゲイナーは僕が使ったんです。あれでシベ鉄やラッシュロッドと戦ったのも僕だ。それなのに一方的に戦えとか降りろとか…」
 「ゲイナー」
腹が立っていた。ゲインと、そして本当は、彼の云い分をきちんと理解している自分に。
現実に見てしまったのだ。あの戦闘を。
炎の中で苦戦するガウリ隊のパンサー、ラッシュロッドの盾にされる無力なピープル。助かったよ、と彼らが浮かべてくれた笑顔。
 「そもそも、僕が降りたりしたらあんたに借り、返せなくなるじゃないか!」
ああ、なんだかもう話も噛み合わなければ支離滅裂だが、構うものか。
ゲイナーは喋りながら、自分のコミュニケーション能力の低さに軽く失望した。
だけど。結局何をどう云い繕っても、事実はきっと変わらないのだ。キングゲイナーに、また乗りたい。
例え命を晒す事になっても、危険が待ち受けていても。それが、「戦う」事を意味していても。
ヴァーチャルではけして味わえないリアルを、知ってしまったから。

真っ直ぐにぶつけられる視線を、ゲイナーは必死で受け止める。
ここで避けたら絶対に駄目だ、と本能が告げていた。知らず毛布を握り締めた両の手は、じっとりと汗で濡れている。
訪れる、奇妙に緊迫した沈黙。それを先に破ったのは、今までじっと黙って話を聞いていたゲインだった。
 「30分だ」
 「………は?」
真剣な表情のままで告げられた言葉の真意が汲み取れず、勢いを殺がれてしまったゲイナーが間の抜けた声で返す。
 「俺がここで足止めを食った時間。結果、ルートの確保、ユニットの警備、リストの見直し。出来なかった事が山積みに増えた」
深刻そうな顔をしているが、ゆるりと顎を撫でつつそう云いながらもゲインの目元は少しだけ笑っているように見えた。
 「貸しが追加だ、少年。起きたら手伝えよ」
 「な…」
ゲイナーの反論が始まる前に、男は仮眠室の扉を開け外へするりと出ていく。
あんな瞳も出来るのか。歩みを進めながら、ゲインは人知れず嬉しくなった。
あの時拾った本命はオーバーマンだった筈なのだが、「オマケ」のゲームチャンプもなかなかどうして面白い。
堂々と自分の名前にキングを冠した割に、戦い方は全然なっちゃいないし、云っている事も滅茶苦茶なのだが、
少年なりに筋はきちんと一本通っているのだ。なによりけして逸らさない視線が、気に入った。
 「さて、モノになるかな」
勝たない賭けには乗らない主義だが、今回だけは特別だ。
楽しそうに呟くと、ゲインはポケットに突っ込んでいた右手を耳あてに戻し、入ってきた通信を聴きながら足速にデッキへと向かった。

一方、仮眠室に取り残されたゲイナーは、口答えも出来ないまま中途半端に放り出され、一人途方に暮れていた。
家が壊れて、貸しが増えて、大嫌いなエクソダスは続行中で。結局いい事なんて全然無いじゃないか。
そこまで考え、忘れていた眠気と疲労感がどっと押し寄せる。
次に目が覚めても、ゲインとはどこかで顔を合わせるし、エクソダスも変わらず続いているのだろう。
自分が、キングゲイナーのコクピットを譲らない限り。
ゲイナーは壁に背中をもたせ掛け、服から皮膚へ伝わる微弱な振動を感じ取った。
そのまま目を瞑る。胸をざわつかせる何か、期待にも不安にも似た、未だ正体の分からないそれに、耳を傾けながら。

 

 

◆end◆

全然仲良くない二人も、萌え。