25.



それは自分で決めた事。自分が望んで選んだ行為。
だから彼からもたらされるものは黙って受け入れなくてはならない。

全てを。



寝室に移り、薄暗い闇を縫ってベッドへと腰を降ろしたゲインは、
同じように後をついてきたゲイナーの、彼が身につけていた衣類を黙って脱がせた。
男の手が器用に動く度、ひやりと冷たい空気に直接触れていく肌と、
足の下でいびつに軋むスプリングの音を耳の奥で感じながら、全てを脱がされ裸になったゲイナーは、
ここまできても湧き上がってくる微かな羞恥を振り払うように、わざと積極さを装って男の膝の上へと乗りかかる。
 「…お前も懲りないな」
主導権を握りたいのか、今夜二度目の奇襲に遭ったゲインが思わず苦笑を浮かべた唇でキスを仕掛ける。
が、それをかわしながらゲイナーは相手の堅い肩にするりと片手を回し、頬を朱に染め怒ったようにひそりと云った。
 「さっきは、あんたが変な事云うから」
 「慣らさないと入らない?」
 「繰り返さなくていいです」
ここには二人だけしか居ないのに、何故か互いに声のトーンを落として喋り合う。
ゲイナーにしてみれば、こんな事をしている気恥ずかしさと常につきまとう後ろめたさの混ざり合った複雑な心境から、
という無自覚だが彼なりの正当な理由がきちんとあるのだが、ゲインは一体何が面白いのか、いつもそれにつき合っている。
室内灯が落とされ、とろりと沈んだ闇の中。
ベッドの上で交わされる吐息だけの会話は時として扇状的で、
彼らの中に奥深く潜んでいる本能を、くすぐるようにそっと引き出し煽るのだ。
 「本当の事だろ」
云って、ゲインはそれまで柔らかな感触を楽しんでいた茶色の髪の上から、
右掌を背後に移動させると、そこから相手の薄い背中に触れてすうっと撫で下ろした。
そしてそのまま両脚を跨ぐように座っている少年の脚の間に割り込ませ、無遠慮に指を滑らせていく。
 「…、っ!」
表面や周囲をなぞるだけのゆっくりとした動きに、ゲイナーは思わず脚を閉じて離れようとしたが、
バランスを崩し反対にゲインの方へ上体が倒れそうになり、慌てて体勢を立て直そうと意識が逸れた瞬間、
無防備に晒されていた彼の中心に、狙ったようにもう片方の浅黒い指が絡みついた。
 「…っや…」
抵抗の言葉を用意する時間も与えられず、開きかけた唇は相手によってあっけなく塞がれる。
強引に侵入ってくる舌、唾液、熱。彼の手慣れた口づけは、先程自分が仕掛けた拙いそれの比では無い。
口の中で巧みに角度を変え、蠢く舌に少年が翻弄されている間にも、男の左手は的確に前を扱き、敏感な部分を擦り上げていく。
緩急をつけ、幾度も執拗に繰り返されては生まれる刺激に簡単に勃ち上がってしまったそれは、
ゲインの乾いた掌の中でしっかりと熱を帯びて反応し、我慢しきれず先端から先走りの液を伝わせ始めていた。
 「…っ、ぁ……ふ」
先程摂取したアルコールも手伝ってか、キスだけで意識を彷徨わせていたゲイナーは、
その間も自身に対し絶え間無く与えられ続ける愛撫に、朦朧と全身まで酔わされていた。
しかし、指先だけで簡単に限界寸前にまで追いやられ、
身体の芯からぞわりとせり上がってくる一際大きな官能の波にきつく唇を噛みしめた瞬間、
何故かゲインはあっさりそこに触れていた手を離し、唐突に行為を中断した。
 「…な、…なん…でっ…う、あ…!」
突然快楽を寸断されるという仕打ちに、思わず口をついて出たゲイナーの疑問の言葉は、
予想もしなかった場所で起こった相手の動きによって掻き乱され、全く意に反したものに変わる。
この時、周囲を軽く触れただけで放っておかれた後孔に、ゆっくりと筋張った指が突き入れられたからだ。
たまらず身体を捩ってゲインの膝の上から逃がれようとしたが、ヒク、と勃起したそこから伝い落ちるヌルリとした液体が、
皮肉にも後ろをまさぐる男の動きを助け易々と侵入を許してしまう。
 「あんまり派手に動くと落ちるぞ」
 「ゃ…ッ、ゲイン…!そ、…ちが……」
 「そこは違う?」
傷つけないよう慎重に、わざとたっぷり時間を掛けて焦らしながら一本目を埋め込んだ後、
奥深くまで入れたそれを、熱を帯びた狭い内壁にぐり、と擦りつけるようにして捻ってやると、
途端ゲイナーはその強い異物感に大きく身体を震わせたが、それでも懸命に首を横に振って嫌がった。
 「…ッ、…ち、が…」
 「じゃあ、どうして欲しいんだ」
誘うように耳許で低く囁かれ、体温が上昇している耳の外郭をゆるりと舐められる。
それだけで反射的に肌が粟立ち、射精を待ち望んで疼く自身は情けない程反応した。
分かっている癖に意地悪く言葉を促すゲインを、負けじと長い間悔しそうに睨みつけていたゲイナーだったが、
立たされている状況が明らかに不利な上、経験値も絶対的に浅い少年が、目の前の男に勝てる筈も無かった。
何度も逡巡し、口を開いて云い淀んでは止めるを繰り返していたが、ようやく観念したのか、
最後にはがっくりとうなだれ、瞳を伏せたまま聞き取れない程の小さな声で絶え絶えに告げる。
 「………さわって、……」
 「何処を?」
 「…………ッ」
再び言葉に詰まったゲイナーを可笑しそうに見上げていたが、余り虐めてやるのも可哀相に思ったのか、
解放を待ち望み張り詰めて天を仰ぐ中心に触れると、指の腹で体液を浮き上がらせている先端の窪みを浅くなぞる。
 「……ん…っ、」
しかし何を思ったのか、男はそのままその手を移動させ傍にあったゲイナーの右手を掴むと、
勃ち上がっているそれを握らせ、反射的に引きかけたその上から逃がさないよう再び掌で重ね覆った。
 「ちょ…なにす……っ」
突然の行動に驚きを隠せないゲイナーだったが、
ゲインは口の端を少しだけ引き上げ狼狽している彼を見据えると、自分で出来るだろ?と笑う。
 「…な…、なんで…そんな事…」
 「いつも自分でしてるみたいに、やればいいじゃないか」
云って、重ねている手を一度ゆっくりと上下に動かすと、
その動きで道連れのようにゲイナーの手も自身を擦り上げる事になり、
直接触れ合った皮膚からは痺れるような甘い快感が生まれ、一気に彼の全身へと拡散した。
手本を示すように何度か繰り返されたが、その嫌がらせにも近い緩慢さに耐えられなくなったゲイナーは、
男の手を離れ、目の前に置かれたもどかしい程の快楽を貪るように、気づけば自分の指で自身を擦り上げていた。
 「……っん、…あ…や…ッ、も…」
きゅう、と足の爪先にまで力がこもり、シーツに波打つ皺を作った。
ぬるつく指先がそれを擦り上げる度、耳を塞ぎたくなるようないやらしい音が生まれる。
けれど動きを止められなかった。それ以外、何も考えられなかった。
今更なのは分かっていたが、自分のそんな浅ましい姿を見られるのが嫌で、上体を近づけ無理矢理男の肩口に額を押しつける。
呼吸が浅い。限界が近い。ゲイナーは、指を増やしたゲインに後ろを弄られながら背中を丸め、前を白い飛沫で汚した。



 「……ッ、は……」
自分を取り巻く全ての音が一瞬喪失した後、とくとくと耳を打つ速めの心音が次第に戻ってくる。
全ての精を吐き出し、荒い呼吸を整えているゲイナーの視界が突然勝手にぐるりと転換したのは、
ぐったりと身体を相手の方にもたせ掛けた直後だった。途端顔にあたるシーツの乾いた感触に眉を寄せる。
ゲインによって膝の上から降ろされたのだという事は分かったが、
未だ射精の余韻を引きずっているのか、力の抜けきった身体は鉛のように重く、自分の思う通りに動かない。
ベッドの上で弛緩しうつ伏せになった身体のすぐ上空に気配を感じ、ゲイナーは何とか重たい首を動かしたが、
それよりも腰を掴まれ高く掲げられる方が先だった。
 「わ……っ、え…ちょっと、…ん…ッ」
突然の出来事に逃げようと腕を伸ばしてもがく。しかしずるずると呆気無い程簡単に、身体を引き寄せられる。
眼鏡も外され視界は薄暗く、当事者である為直接見る事は叶わないが、
自分が今、とても恥ずかしい格好をさせられている事は想像に難くなかった。
ギシ、と一際大きく鈍い音をたてるスプリングと共に、背中にのし掛かる見知ったゲインの身体の重みに息を呑む。
けれど、死角となって見えない背後から忍び寄ってきた彼の指は、先程散々弄って解した後ろでは無く、少年の萎えたそこに伸ばされる。
ヌル、と残滓に濡れた先端を指先で確かめるようになぞると、それを潤滑油として一気に根元まで擦り上げた。
 「んあ…ッ!や、あ…」
ぞわぞわと背筋を貫き駆け上がっていく得体のしれない感覚に全身が侵され、華奢な腰が無意識にビクンと揺れる。
精を放った直後で更に敏感になっている部分に、それは余りにも粗野で乱暴な愛撫だった。
背中に生温いものを感じた。ゲインの舌だった。
それがゆっくりと、薄い皮膚に浮き出る背骨をひとつずつ確かめるように、下から上へと移動していく。
 「やだ…っ、ゲイン、や…め……」
 「やめない。それに今日は“嫌だ”も無しだ」
ゆるゆると背筋から首筋にまっすぐ移動を終えた舌は、そんな言葉と共に口づけを落としそのままうなじに緩く噛みつく。
瞬間皮膚を走り抜ける甘さの混ざったぬるい痛みに、ゲイナーの後ろ髪がひくっと小さく震えた。
指は容赦無く前を攻め続け、その刺激に再び熱を宿し始めたそれは欲望に正直で、男の手管によって痛いくらいに勃ち上がり、ゲイナーを酷く羞恥させる。
 「だって……っ、も…」
 「なんだよ、さっきまでの勢いはどうしたんだ?」
からかうようにそう云い、耳許近くで聴かせるようにひそりと笑うと、
ゲインはそのまま背後から、小さく震える柔らかな耳朶を口に含んだ。
 「……ふあ…ッ、」
ぴちゃりと間近に響く濡れた音。
含んだ状態で甘くかじられ、舌を使って転がすように弱い部分を舐められて、
ぞくぞくと下腹から拡がる酩酊にも似た妖しい感覚に身体から力が抜けてしまう。
先程から、いつ精を吐き出してもおかしくない程の快感を与えられているというのに、
張り詰めた前はゲインの指で巧みに射精のタイミングをずらされ、出口を遮られてしまっている。
 「…っや…もう…ほんとに……む…無理…っ…ゲイン、…ッ」
解放を許されないままで続けられる終わりの見えない行為に、
噛みしめていた筈の唇はいつしか綻び、泣き声の混ざった否定の喘ぎは、相手の名前と懇願だけになった。
身体的にも限界が近いのか、男に組み伏せられ堰き止められ続けたゲイナーの肉体が、快感に耐えきれず小刻みに震え出す。
白く薄い胸の周囲を撫でていたゲインが、頃合を見計らって吐息で彼の名前を呼んだ。
 「ゲイナー」
 「…ゲイ、ン…っ、ゃ…だ…も…う」
 「もう?」
知らず手繰り寄せていたシーツは、指先に力をこめて更にきつく握りしめた所為でくしゃりと乱れた。
けれどゲイナーはそれを手放す事が出来ない。こうしていなければ自分を見失いそうで、怖かったからだ。
眠る時とは全く違う、何故かこういう事を行う時だけベッドの上がとても広大に感じる。薄暗く境界線の無いものに。
同時に、自分の身体と男の身体の距離感が曖昧になり、普段の自分と男の関係が呆気なく崩れ落ちて全く違うものへと容易く変容する。
それがいつも不安だった。目に見えないだけ、余計に怖かった。
だからせめて自分の居場所をつなぎ止めておきたくて、目の前の見えるものに縋った。
 「……も、…い、かせて……」
もう言葉を詰まらせるだけの余裕も無いのか、
降伏にも似たゲイナーの小さく掠れた声を受けて、男はようやく指の戒めを解いた。
 「いい子だ」
火照った耳に落とされた屈辱的な言葉を聞きながら、それでもゲイナーは二度目の射精を止められなかった。



醜悪だ。
と、浅い呼吸を繰り返しながら、朦朧と混濁し掛けた頭で思う。
こんな事、こんな行為、こんな関係。
ゲインはあれから再び体勢を変え、力の抜けきった膝の裏に手を差し入れると、
されるがまま仰向けの状態になったゲイナーの、精液に濡れた下肢に飽きず舌を這わせた。
射精後の、すっと頭が冷え理性が戻る暇すら与えず、徹底的に現実に引き戻さないような抱き方を、男はしていた。
先端に舌が絡みつき何の躊躇いも無く舐められたかと思うと、そのまますっぽり自身を口内に含まれ、反射的に喉許がひくんと反り返る。
 「は……っ、ん…、んぅ…」
ゲインの温かな口腔に包まれ、そのとろけそうな感覚に濃密な目眩を覚えた。
怖いくらいの快感に何度も打ちひしがれた筈の全身が、再び貪欲に反応の兆しを顕し始めたが、
流石に三度目となると、反応はするものの射精による疲労が次第に大きくなり始める為、
お世辞にも体力があるとはいえない少年にとって、快楽よりも苦痛が上回るそれは緩慢な拷問にも等しい。
男の本能で自分の限界を敏感に感じ取ったゲイナーは、逃げるように上体を起こし掛け、弱々しく首を振る。
 「…や…も……むり、です…」
ゲインが上目だけで、譫言のように何度も否定を繰り返すゲイナーを見た。
ぴちゃ、と離した口からは透明な糸が引いて、切れる。
 「誘ったのは誰だ?」
 「………、っ…」
相手の反論を待つ事もせず、男は再び自分の肩に担ぎ上げたその細い両脚の間に顔を沈めた。
咥えられたそこから漏れる、唾液と濡れた体液が混ざり合った淫猥な音を聴きながら、
ゲイナーは思わず出てしまいそうになる無防備な声を押し殺す為、そっと唇を噛んで耐える。
分かっている。こんな最低な行為を願ったのは、誘ったのは自分だ。
ゲインはそれを聞き入れ、望んだ通り全てを忘れさせようとしてくれている。何も考えられなくなるくらい。
だから、だけど。
 「……あ…ッ」
背中にあたっては擦れるシーツの感触。自分のもので濡れたその冷たさを感じながら、今の状況を思った。
ゲインは服を脱がない。全て剥ぎ取られ組み敷かれこんな恥ずかしい格好を、声を出しているのは自分だけだ。
白い脚が彼の肩に乗せられている。それが視界に入った途端、ゲイナーの中で急に全てが現実味を帯び、羞恥が甦った。
分かっている。この感情は今必要のないものだ。それでも思わず脚をばたつかせてしまい、更に深い舌の動きに搦め取られる。
直接触れる生温かな他人の体温。血液が、そこに集中していく感じ。
根元を指で、裏筋を舌で丹念になぞられ下腹部に再び仄暗い熱が生まれる。
しかしどうしても口の中で達する事は避けたくて、最後の意地で相手の頭をそこから引き離そうと髪を思い切り掴むが、
全ての弱点を知り尽くした濃厚で執拗な愛撫によって、無理矢理屹立させられたそこは、抵抗虚しく一方的に追い上げられ、
逃げ場を無くして、男の口内で何度か間隔を空けながら精液を止めどなく吐き出した。
 「……ッん、く……」
絶頂から落とされ、熱を帯びた全身は倦怠にも似た快感に未だじわじわと浸食され続けている。
それなのに頭の中は冷静になるばかりだった。曖昧なくせに神経だけ妙に冴えわたっているような、
余り好きではないそんな感覚の中で、ゲイナーは困惑した。

どうしよう。埋まらない。

こんなにも快感に浸っているのに、埋まらないのだ。
自分だけでは埋まらない隙間を、ゲインでなければ埋められない快感を、知ってしまったから。
突然胸を襲った焦燥感と空虚感に戸惑って、未だ定まらない不規則な呼吸の中息を飲み込むと、
喉が妙な音をたて、からからに渇ききっている事に気づく。多分これは酔っている所為だ。あの酒がきつ過ぎたのだ。
気持ちが不安定になったり、その挙げ句こんな途方もない事を考えるなんて。
ゲイナーは手繰り寄せ握り締めていたシーツから手を離すと、力無いそれを伸ばしておずおずと男の深緑の髪に緩く触れた。
きっと気の所為だ。
指や口や声や掌だけじゃなくて。

ゲインが全て、欲しいなんて。



■end■

・たぐる【吐る、手繰る】
吐く。両手を使って手元へ引き寄せる。順をたどって探り寄せる。