24.
かさぶたを剥がされた時の痛みに似ている。
「眠れないんです」
そう云って扉の隙間から覗いたのは、憔悴しきったゲイナーの顔だった。
部屋のシェアは続いているのだから、ここに来た事に別段驚きはしない。
戦闘が終った後、ガチコの残骸を片づけていた途中で彼はサラと二人で行方を眩ましたきり、そのまま帰って来なかった。
ただ、それを知っているゲインにとって、今夜は来ないのだろうと勝手に立てていた予想が外れてしまった事の方が、少し意外だった。
「入るか?」
開いていた扉の隙間を広くしてやると、少年は疲れた様子で静かにこくりと頷いた。
導かれるまま後ろをのろのろとついてくるゲイナーを部屋に通し、応接ソファに座らせた後、
ゲインは別の部屋へと姿を消して、二人分のグラスと琥珀色の液体が入った酒壜を手にして戻ってきた。
ソファの間に備えられている応接机にそれを置き、ゲイナーの正面に再び腰を下ろした男は、
硬く閉められた栓を片手で覆い、慎重に力を込めて引き抜きながら口許だけで少しだけ笑う。
「お子様には勿体ない代物なんだが、特別だ」
いつもの調子で軽口を叩いても、相手は黙ったままで会話に乗ってこない。
ただ難しい顔で、自分の膝の上に乗せている両拳へじっと視点を固定させている。
そこから感じる無言の拒絶に、ゲインもそれきり口を閉ざして液体を注ぐ作業に集中した。
その時、いきなり手にしていたグラスをひったくられた。
何事かと顔を上げるよりも、なみなみと満たされたそれをゲイナーが一気に飲み干す方が僅かに早い。
「お前なぁ、なんて飲み方を…」
氷はおろかまだ水で割ってもいないのだ。ストレートで飲むにはきつ過ぎる。
無茶するなと云いたげなゲインの声を遮るように、ゲイナーはタン!と空になったグラスを勢い良く机上に置いた。
そのまま、苦そうに口を片手で拭いながら立ち上がり、向かいのソファへ座っている男の方に向かって、大股で歩み寄る。
「ゲイナー?」
傍に座る、というよりも膝の上に乗り掛かるような格好になると、
ゲイナーは何を思ったのか、いきなり男のベルトを外しにかかった。表情はやはりずっと硬い。
突然の行動に驚きつつ、控えめな金属音に耳を委ねしばらく相手の好きにさせていたゲインだったが、
前を寛げ、下着をずらした指が露わになったそれに触れた瞬間、目の前に見えている細い肩を掴んだ。
「おい、ちょっと待て」
「黙って下さい」
「黙れったってな」
「黙って、気が散る」
云って、ぶつけるようなキスをされた。実際勢いが強すぎて歯が触れ合ったのだが、ゲインは黙ってそれを受け入れる。
角度を変えれば同時にふわりと濃い酒の薫りが鼻腔を掠めた。口の中を舌でまさぐられる度ぴちゃ、と互いの唾液が混ざり、はぜる。
まるで何かから逃げるような、余裕の無い口づけだった。その間にもおそるおそるだが、指先で不器用に中心へと触れてくる。
彼が自分からこんな風に行為を要求する事なんて、一度も無かった。ゲインはその拙い愛撫に応じながら、冷静に思考を働かせる。
逃げたいのは。
何からだ?
「…っは」
歯列をゆっくりなぞり、絡ませた舌に緩く噛みつくと、のし掛かっているゲイナーの身体が微かに震えた。
しかし主導権を交代する気は無いのか、無理矢理唇を引き離す。まるで闇の中を探るようにたどたどしく、
けれど次第に積極的になる指の摩擦によって、ゲインのそれは微かに息づき、少しずつではあるが反応し始めていた。
「…ゲイナー」
「黙ってって云ってるでしょう」
ずるずるとソファの背もたれから移動したゲインの身体は、いつしか端の肘置きの方へと背中を預けるような形になり、
かろうじて上半身を起こしてはいるが、ゲイナーによって押し倒される格好になっていた。
相手の反応を確認するのももどかしいのか、肩で小さく息をしながらゲイナーが衣服の下だけを脱ぐ。
改めて相手の身体に跨ぎ直し、ようやくそこで少しだけ躊躇いの表情をちらつかせた。
時間にすればほんの数秒だが、それに気づかないゲインではない。
「どうした、止めるのか?」
「…まさか」
「慣らさないと入らないぞ」
分かるだろ?
意味を含めて云ってやると、羞恥の為か、それとも全身にアルコールが回ってきたのか、
顔を薄く上気させたゲイナーが、分かってますよ!と云い返す。その癖不安そうな表情を浮かべながら。
直後、聴こえないくらいの小ささで息を飲み込み、振り返って自分の指を軽く浮かした腰の方へ伸ばしていく。
しかしどうしてもそこで逡巡しては、後ろに触れる事が出来ず、ぱたりと手をゲインの腹筋の上に投げ出してしまった。
結局自分一人では、最後まで持ち込む事すら出来ない。それをひしひしと痛感したのか、黙ったまま両肩を落としている。
「気は晴れたかい?」
云いながら片手で器用に彼の腰を抱き、脚の上に乗せ直すと、ゲインは乱れた自分と相手の着衣を直した。
「………」
先程までの勢いを殺がれてしまったゲイナーは、
悔しそうな表情で唇を噛みしめていたが、それでもゆっくり首を横に振る。
「…て、くれませんか」
細く小さな声。
脆弱な誘いの言葉に、ゲインが答えず黙っていると、うなだれた状態でゲイナーが、駄目なんです。と呟いた。
「あの時みたいにゲームをしようと思っても、出来ないんです」
突然話し出した少年を膝に乗せたまま、男は視線だけをゆっくりと移動させる。
彼はずっと俯いた状態で、硬く握った自分の両拳を見つめたまま、言葉を続けた。
「考えないようにしてきたのに、ゲームだったら考えずにいられたのに、…駄目なんだ」
微かに震えた声は、ここで途絶える。ゲイナーは懸命に自分の内にこみ上げてくる何かを耐えていた。
ぐ、と指先まで力をこめた拳。白い手首には血管が薄く浮き出ている。必死に嗚咽を堪えようとしているのか、呼吸は少し不規則になった。
両親が殺された。殺したのはガウリだった。ガウリは自分を撃てと云った。でも撃たなかった。
アルコールも手伝ってか、話す言葉は堰を切ったようにどんどん溢れ、加速度を増し口から滑り落ちていく。
「サラには、生きて欲しいって云ったんです。ガウリさんには僕の想いを背負って、生きてって、でも」
でも。そこで云い淀んだ後、何度も迷っては逡巡を繰り返したが、
ゲイナーは時間を掛けてその先の言葉を、酷く苦しそうな表情で絞り出した。
「でも、一瞬死ねばいいとも思ったんです。あの時、僕は」
ガウリさんを殺したいと思った。
よく見ると眼鏡の奥から覗く目尻は赤く、泣きはらした瞼をしていた。
もう涙は浮かばないのか、それでもくしゃりと顔が歪む。両親を失ってまだ数ヶ月。
エクソダスに巻き込まれ、大嫌いだと憎まれ口を叩きつつも慌ただしい日々を送っていた。
こもっていた部屋から飛び出し本物のオーバーマンを操縦して、喪失感にもようやく慣れ始め、
過去と向き合おうとした頃、少年は再び闇に落とされた。見知った相手によって。
黙ったまま、男は相手の身を切るような感情の吐露に耳を貸した。気が済むまで吐き出す事が正解だと、知っているからだ。
「だけど…もう人が死ぬのを見るのは嫌なんです。憎くて、許せなくて、だけど……僕には人を殺せない」
脚の上に置いた拳を解き、おそるおそる強張っていた両手をぎこちなく開いていく。
ゲインはその白い両手を見つめる。一度も血に汚れた事の無い、自分が失って久しい、綺麗な両手を。
「そんな事を考えてたら眠れなくて、でも何も考えたくなくて、ゲームも無理で、…」
「俺のところへ来た訳か」
ようやく流れ出る言葉を阻まれ、ゲイナーが顔を上げる。
少年は忘れたくてここに来た。自分の中でせめぎあう葛藤に疲れ、醜い考えを放棄したくて。
そして一瞬の快楽に溺れ、意識を失い眠る為に。
これは。
まるで。
あの頃の自分じゃないか。
焼き直しのような運命の皮肉を目の前につきつけられ、ゲインは乾いた笑いすら出てこなかった。
それともこれは単なる偶然なのか。違うな、と男はきっぱりと心の中で首を振る。これは、結果だ。
余りにも自分が少年の中に深入りし、介入し過ぎた、その結果なのだ。
「お前が望むなら、たっぷり眠らせてやる。…が、効果は一晩だけだぞ」
「……」
云われている言葉の意味が良く分からないのか、ゲイナーは怪訝そうにじっと男の口許を見つめている。
「目が覚めた時、後悔するかもしれない。それが嫌ならここから出ていった方がいい」
自分は、かつて自分が経験した方法でしか傷を癒せない。痛い程強烈な快楽で、身体に直接訴え掛ける方法で。
けれど。ゲインは思う。
彼の、再び出来た傷を癒すのは、自分ではなくあの少女でも可能なのだ。ゲイナーはもう、一人では無い。
少年を取り巻く多くの人々、理解者がゆっくりと、時間を掛けて傷口を塞いでやる。本来ならそれが一番ベターな方法だ。
今、こんな精神状態で下手に自分と関係を持ったら、ゲイナーはおそらく後悔する事になる。
後悔。
ゲインはそれを危惧した。何故かそれはとても嫌なもののように感じた。
「……後悔、ですか」
まるで心を覗いたようなタイミングで、云われた言葉をなぞったゲイナーは少しだけ考える。
先程一息で摂取した酒がようやく効いてきたのか、その薄茶の瞳は微かに潤み弛緩していた。
一瞬、それが自嘲するように揺らぐ。
「そんなの今更ですよ。後悔なんて、そりゃ…するかもしれない。でも、」
こんな事云えるの、あんたしかいないじゃないですか。
振り切るような口調で云い放った後、ゲイナーは相手が次の言葉を口にする前に、強引なキスを仕掛けた。
やはり逃げるような、何かに怯えるような口づけを懸命に繰り返す細い身体を抱き返して、ゲインは応える。
ゲイナーはこちら側を選択した。
それなら。
「…ぁ…、ッ」
二人分の重力を受けたベッドが、闇の中で軋んだ音を立てる。
逃げようと伸ばした腕は、太い片手にあっけなく搦めとられ頭の上で緩く拘束される。
仰向けでぐったりと力の抜けた身体を組み敷かれ、いつも以上に貪られる。もう、何度自分が達したのかゲイナー自身分からなかった。
上がった息を整える暇すら与えられない。もうそんな余裕も無い。舌で、口で、指で、声で。あらゆるやり方でゲインは自分を追い上げる。
濃厚な口づけ、執拗な愛撫。段階をきっちり踏んで、こんなやり方もあるのだと相手の身体に教え込む。乱暴ではない、けれど容赦の無い抱き方だった。
ゲイナーの腹や胸の辺りには、我慢しきれず何度も放ってしまった自分の精液がべったりと張りつき皮膚を濡らしている。
その感触が気持ち悪くて身を捩るが、ゲインは無視して中心だけを追い詰めた。
「っ…、ゲ、イン…!」
「今更止めろは無しだ」
拘束していた腕の重みが、突然ふっと無くなった。
直後、片膝の裏に手を差し込まれ、ぐ、と開かされたかと思うと、男の湿った熱い吐息が露わになったそこに落ちてきた。
厭な予感がして必死に身体をずらそうとするが、突然ヌル、と表面に触れた温もりの露骨さにゲイナーの背中がビクリと反り返る。
「…っう、あ…!や…っ」
探るような動きで周囲を舐め、唾液のぬめりを借りながら狭い奥へとゆっくり入り込んでいく。
柔らかな感触がもどかしいくらい時間を掛けて内壁を這い、蠢いては頑ななそこを解していった。
ゲインの舌。そうだと認識した途端、羞恥と嫌悪と快感が混ざりあってゲイナーのなけなしの理性を端からどんどん溶かしていく。
「や、だ…こ…ん、なの…ッ」
突っぱねるように緑の髪を強く鷲掴むが、相手は意にも介さず更に奥へと濡れた舌を這わせる。
体内を生温いモノが動き回る形容しがたい感触に、何度も果てて萎えていた筈のゲイナーの中心は、再び素直にひくりと起ち上がりかけていた。
見逃さず、男の指がそこに絡む。じわりと浮かんでは伝う先走りの液を、自身に塗り込めるよう扱きながら、敏感な先端の裏側を指の腹でぐり、と押した。
「…いぁ…ッ」
びくんっ、と身体が大きく震える。二ヶ所を同時に責められて、その怖いくらいの快感から逃げるように首を振った。
それでも舌は奥を侵し、指は射精を促すように動く。
「む、むり…も…出な…っ……!」
自分の弱い悲鳴を聴きながら、それでもゲイナーは無理矢理指と舌によって射精させられた。
勢いの失われた白濁とした残滓が、わき腹の辺りにとろりと伝い落ちる。開かされた両脚がその余韻を引きずって小刻みに震え続けていた。
気持ち良さよりも、それに伴う疲労や辛さの方が格段に大きくて、ゲイナーは荒い息を吐きながら快感の奥に潜む鈍い苦痛に弱く眉を顰める。
途端、ズル…と舌が抜かれる感触に肌が自然に粟立ったが、全身が怠さに支配されている所為で首を動かす余力も無い。
瞳だけを虚ろに持ち上げると、深緑、そしてしっかりと筋肉に覆われているゲインの浅黒い肩が闇の中に浮かんで見えた。
「も……や、め…」
これで終わりでは無い事くらいゲイナーも十分理解していたが、生理的な恐怖に襲われて、思わず感情が口からこぼれてしまった。
止めてもらえない事くらい、分かっているのに。
「望んだのはお前だろう?」
低く掠れた声で、至極もっともな言葉が落ちてくる。望んだのは、選んだのは自分だ。けれど。
ゲイナーが次の言葉を考え発するより先に、解され唾液に濡れた内部に熱いものが侵入ってくる。
「…ッ…ん」
貫かれる瞬間、いつまで経っても慣れない圧迫感に思わず眉が寄り、唇を噛む。
けれど今日は、ゲインによってもたらされる痛みが心地良かった。きついアルコールとゲインの所為で、
ゲイナーの理性も身体も闇の中でどろどろに溶けている筈なのに、心の奥は嫌になる程冴え渡っていた。
これは逃避だ。あの時はゲームで、今度は人の体温で。また性懲りもなく自分は、逃げ出そうとしているのだろうか。
犯人は目の前に居た。もしもサラとゲインの声が無かったら。あの時ガウリの救出を命じられなかったら。
あの後学校の教室で、自分の部屋で何度も考えた。許す事が本当に正義なのか、それとも殺す事が正しかったのか。
両親の想い、そして自分の現状。どれだけ考えても分からなかった。選べなかった。
けれど、エクソダスで犠牲を出すのは、血を見るのはもう、絶対に嫌だと思ったのだ。
抱かれながら、腕の中で、ゲイナーは気がつけば泣いていた。
もう涙は出尽くしたと思っていたのに、みっともないくらいの号泣だった。
何が正解で何が間違っているか、分からないんです。
しゃくり上げながら鼻を啜って、ぐしゃぐしゃな顔で、それでも気持ちを言葉で紡ぐ。
ゲイナーは答えを求めていた。自分の中に渦巻く疑問全てに決着をつけるような明快な答えを。
けれどゲインは黙って抱き締めるだけで、それを与えなかった。安易な言葉も、慰めも。教えるのは簡単だ。
しかし、それは自分自身が見つけなければ意味が無いし、成長も出来ない。期待を掛け過ぎている事は十分承知だった。
ゲイナーには自分でその答えを見つけ出して欲しかった。そして、それだけの力が彼にはあると、ゲインは信じているのだ。
汗で湿った茶色の髪が、額が首筋に押しつけられる。嗚咽が次第に甘く濡れた声に変わっていく。
敏感な部分を擦り上げながら、夢中でしがみついてくる両腕の体温を肌で感じる。
互いに限界が近い事を知ると、男は薄く火照った耳許に唇を寄せ一言ぽつりと囁いた。
後悔するなよ。
それは相手に向けて放った言葉だったが、自分に対しても云える事に気がついて、何故か胸の奥が微かに疼いた。
この腕の中が一時的な避難場所である事を、少年は理解しているだろうか。
翌朝。意識が覚醒し、ゲイナーが一番最初に味わったのは今まで経験した事の無い強烈な頭痛だった。
酷い目覚めだったが、なんとか重い瞼を開けると、天井がぐるぐると回っている。再びベッドに沈みそうになる身体を懸命に立て直す。
「二日酔い」という、自分にとって余り馴染みのない単語がゲイナーの痛む頭の中に浮かんで消えた。とにかく口の中がからからで、喉が乾いて仕方が無い。
定まらない視界を頼りに怠い上体を起こすと、動かす度に全身の関節が痛んだ。
乾いた体液がいたるところに付着してべたつく身体の不快さに眉を顰め、優先順位をキッチンから浴室へと変更し、
盛大に皺になっているシーツを無造作に掴む。その時、すぐ傍にあった気配が消えている事にようやく気がついた。
「……」
ばさり、と掛け布を上下に動かす。窪みだけを残してぽっかりと空になっている隣、感じられない体温。
ゲインは居ない。こういう事は今まで何度もあったから別に驚きはしないし、こんな事をした後は顔も合わせづらく、
何を話せばいいのかも分からなかったから、逆に居ない方が気が楽だった。そう思っていた筈だ。
それなのに、今朝に限ってそういう気持ちが起こらず、居ない事に対して奇妙な喪失感が生まれた。
自分でも何がおかしいのか分からないのだが、ただ身体中にまとわりつく男の感触だけがリアルだった。
「…なんだろう」
不意に、サラの声が耳の奥で蘇る。
ごめんね、ゲイナー。
それは、突然の呼び出しに勘違いして、勝手に舞い上がった挙句その結果一人で傷つき、
結局解り合えずすれ違ったまま、全てが終わった後、夕暮れの教室で彼女がゲイナーに告げた言葉だった。
ごめんね。
何に対して、誰に対して。
彼女の謝罪は釈然としない想いを胸の中に残したが、それよりも何故今になってこの言葉を思い出すのかが分からなかった。
上体を起こしたまま、ゲイナーは気がつけば両腕で自分の身体をきつく抱きしめていた。
シベ鉄のオーバーマンは自分が倒した。不安のオーバースキルは解除された筈だ。それなのに、酷く不安で急に怖くなった。
「……何…、なんだろう…これ」
ベッドの上、掠れた声で茫然と呟く。そして彼女が云ったあの時の言葉を、口の中でなぞってみた。ごめんなさい。
身体を覆い尽くす、この得体の知れない茫漠とした不安は何なのだろうか。冷汗が浮かんで視界が徐々に薄暗くなる。
自分は一体誰に対して謝罪をしているのだろう。謝罪をしたいのだろう。
解り合えなかったサラに?死んでしまった両親に?逃げる為に利用したゲインに?
酷くなる目眩の所為で気分が悪い。答えは出ない。ただ、
心の中で、何かがほつれた気がした。
■end■
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・ほころぶ【綻ぶ】
気持ちや隠していたことが外に現れる。