05.



ばったり。
その言葉が、多分今この状況を説明するに一番ふさわしいものだと、
ゲイナーは濡れた髪からぽたぽたといくつも雫を滴らせながら、思った。
浴室からの帰り道、寝室へと通じる扉を開けたその時、踏み出そうとした足がにわかに止まる。

別に居たって不思議では無いのだ。

それなのに全然ここの景色にそぐわない男が、部屋を開け数歩奥に入った所にあるベッドの傍に立っていた。
扉を開ける音に顔を上げた男、即ちこの部屋の本来の持ち主であるゲインは、
少しだけ驚いた様子でこちらをまじまじと見下ろした後、すぐに例の人を喰ったような笑みを浮かべた。
 「なんだ、ずいぶん満喫してるようだな」
 「ち…っ」
がいますこれは別に!と、反射的に頭の中で組み立てた否定の言葉と、
今こうしている現状の徹底した違和感に、ゲイナーは無謀な反論を諦め、大人しく口を噤む。
ここはゲインの部屋だ。彼が自分に貸し与えた、そしてそこで信じられない事をされた、寝室だ。
無理矢理手渡されたスペアキーは、未だゲイナーの服のポケットに入ったままになっていた。
あれからずっと返そうと、会った時すぐに突き返せるようにと身につけていたスペアキーは、
本来の持ち主の手に戻るよりも、こうして部屋の扉を開錠するという役割をきちんと果たす回数の方が多かった。
結局ずっと、返しそびれていたのだ。

 「まぁゆっくりしてってくれよ」
わざと来客に対して用いるような言葉。
それを受け、最高潮に居心地の悪さを感じているゲイナーの顔を、横目でしっかりと捉えつつ、笑いを堪える。
見えない素振りでゲインは着ていたコートを脱いだ。その間も、唐突に用意された針のむしろの上に座らされているような気分で、
ゲイナーはぐるぐると考えを進める。この場合、お邪魔しました、と自分の部屋のある居住ユニットに戻るのが一番最良の手段だろうか。
Tシャツとハーフパンツという、あとはベッドに入って眠るだけ、という見るからにラフな格好をしているが、多分それがいいと思う。帰る。帰ろう。
急にざわざわと焦り出した胸の内によって、急かされるようにそう決断すると、慌てて部屋の中に散らばっていた自分の荷物をかき集めだした。
 「おい、何やってるんだ?」
少し離れた場所で腕を組み、その様子を見ていたゲインが、背を向けた茶色の後頭部にのんびりと声を掛ける。
 「か、帰ります。お邪魔しました」
 「ここはお前に貸してあるんだぞ?今夜は俺もここで寝かせてもらうが」
その言葉に、ゲイナーの両肩がびくりと跳ね上がる。
分かりやすいにも程がある、とゲインが思わず苦笑した。
 「…なっ、なら尚更だ…!僕は出ていきますから!どうぞ!」
慌てて荷物を詰め込んだカバンを乱暴に掴み、ゲイナーが振り返る。
急いでいるという事もあるが、生来の手際の悪さも重なって彼の持ってきていたカバンからは中身が盛大にはみ出しており、
見るとそれは学生服の裾で、ここから学校へ向かうつもりだったのだと云わずともゲインに知れた。
 「皺になるぞ、制服」
 「あ、あんたには関係無いでしょ!」
 「まぁ、せめて服に着替えてから云うべきだったな。この格好だとユニット内とはいえ夜は凍える」
云いながら、計画性の無さをあっさりと看破され立ち竦んでいる少年の、
湯上がりでまだ温かい肩に掛かっていた大きなカバンを掴み取ると、さっさとそこから引き剥がして床に置く。
 「ちょっと…!」
 「元々ここで寝るつもりだったんだろう?いいじゃないか別に一緒でも」
 「嫌ですよ!」
間髪を入れない相手の清々しいまでの拒絶に、
ゲインは可笑しそうに片眉をひょいと上げて天井を仰ぐと、そのままやれやれと両肩を竦めた。
自業自得ではあるが、見事に信用を失ってしまったようだ。
 「…とにかく俺はここで寝るぞ。久々にゆっくりとな」
仮眠室の硬く冷たい寝床も、眠りに入ってしまえば別に苦にはならないのだが、
こうして折角手に入った空き時間なのだ。柔らかなベッドに横になってもバチは当たらないだろう。
そんな事を思いつつ、眼下に見える茶色の頭をくしゃくしゃとかき混ぜながら、迷惑そうに顔を顰めている少年に云ってやった。
 「ま、俺と寝るのが怖いなら、部屋に帰って寝たらいい。アデットと一緒にな」
 「な…」
ゲイナーの顔色がさあっと赤く変わった。当然だ。わざと煽るような言葉をぶつけたのだから。
 「別に怖くなんかないですよ!」
 「そうか?」
 「そういうつもりで出ていくって云ったんじゃないです!僕は…」
 「じゃあどうして出ていくんだ?」
まるで言葉遊びのような、けれどタイミングを逃がさないよう告げられた質問に、
う…っ、とそれまで激昂していたゲイナーが返事に詰まった。そして続く沈黙の時間。
どうやら進退極まったらしい相手を眺めながら、ゲインはこの辺で切り上げるべく大きな伸びをすると、あくび混じりにこう云った。
 「ゲイナー、俺は眠いんだ」
名を呼ばれた方は、こくりと息を飲み下す。

見事に、嵌った。



 「いいですか、この線!この線から絶対出ないで下さい!」
シーツの上をゲイナーの手が一直線に滑る。
結局、同じベッドで一緒に眠る事になった二人の間に、
彼は何度も見えない境界線を引いては、至極真面目な顔でしつこくゲインに了承を要請した。
 「暗いから見えないだろ」
しかし、枕に肘をつき、そこに頭を乗せた格好のゲインが眠そうな声で、隣に居る少年の努力を無駄にする。
現に明かりは消され、辺りはたっぷりとした闇に包まれているのだ。
 「と、とにかく絶対線を越えないで下さいよ」
 「越えたら?」
 「殴ります」
 「怖いな…」
全然怖がっている様子では無い声で素直に感想を述べると、
ゲインは枕に乗せていた肘を掛布の中に潜らせ、元へと戻し体勢を直した。
途端しん、と静かになった暗闇の気配。そこに混じり始める男の規則的な吐息に全身から警戒を解くと、
ゲイナーはようやく上体を倒し、横になった。そろそろと相手の身体に触れないよう、慎重に。
本当に、何故こういう事態になってしまっているのか。横になった姿勢でくるりとゲインに背を向けると、一人小さくため息を漏らした。

「怖いなら」と彼は云った。俺と寝るのが怖いなら。

思わず唇を噛みしめる。怖いに決まっている。しかしそれよりも先に湧き上がったのは、怒りの感情だった。
あんな事をしておいて、無神経にも怖いなら、だなんて。ふざけるなと本気で腹が立った。
例え売り言葉に買い言葉だったにしろ、あの発言は無視出来なかった。結果、まんまとこうして同じ場所で眠るハメになったとしても。
苛立つ気持ちは、頭の中の懸命に忘れようとしている記憶の片鱗をも逆撫でしていくが、ゲイナー自身まだそれに気がついていなかった。
確かに、あれから何もされていない。
シベ鉄による大きな襲撃も無く平穏な日々が続き、こうして顔を合わせる機会も少なかったというのが本当のところだが。
何もされていない。ゲイナーは心の中でもう一度、同じ言葉を呟くと、じわじわと苦いものを飲み含んだような顔になった。
何もされていないが、ゲインはあの時、自分がやった事に対して悪いとは思っていない、と云った。
泣いて嫌だと抵抗したのに、悪びれもせず再び抱いた。初めての時のように。そこまで考え、ゾクリと冷たいものが背筋を伝う。
あんな事をした男が、すぐ傍に居るのだ。今。

 「……」
本能からくる恐怖に鳥肌が立ちそうになり、ゲイナーは掛け布の中できゅ、と身体を小さく強張らせる。
耳許に落ちる吐息、体温を持った身体の気配、他人の匂い。ゲインの。
今まで意識しなかったそれらが急速にゲイナーの中で存在感を主張し、浸食し始めた。
同時に、奥底にねじ込んだ記憶の扉がゆっくりと開く。これは恐怖だ。こんなにも心臓が強く打つのは、これは。
 「………っ、!」
耳朶に触れる温かな息に、ビクリと首を竦める。身体の奥が熱く、底からズレる感じに困惑した。
おかしい。落ち着かない。無意識に両膝が擦れた。そもそも、こんなにも近くに呼吸を感じられる距離だっただろうか。
そんなゲイナーの疑惑を確信に変えるように、背後から音も無く、太い腕が伸びてきた。
 「…っ、わ!」
 「…眠れないのか?」
腕はゲイナーの髪をその大きな掌でひとしきり撫でると、そのまま肩から強張っている片方の二の腕にすうっと落ちていく。
 「寝てましたよ…っ」
何故か小声で囁いた。そっちこそ起きていたなんて、詐欺だ。そう云いたかったが、腕の動きと共に遮られる。
 「嘘つけ。さっきから気配が丸分かりだ」
 「…ってゲイン、線越えて、…ちょ…!」
二の腕から手首、そして悪戯に指を重ね絡めた後、ゲインの手はTシャツ越しにゲイナーのわき腹をゆるりと撫で上げる。
 「線は越える為にあるもんだ。覚えておけ」
 「あんたねえ…!」
ぬけぬけとそんな事を云う男に、本気で腹が立った。
しかし反論するより先に、わき腹に乗せられていた掌が再びそろりと移動を開始する。
その感触に小さく震えつつ、ゲイナーはまずそれを止める事を優先した。
 「…っく、どういう、つもりなんですか…!」
両手を使ってがっちりとゲインの腕を掴み、動きを止める。
しかし相手は阻止をものともせずに次の行動に出た。露わになっている首筋に、突然舌を這わせたのだ。
 「…ひゃ…っ!」
ゾク、と緩い刺激が全身を駆け抜ける。首から敏感な耳朶の裏まで舐められ、甘く吸われて、
たまらずゲイナーは身を捩るようにして逃げようとしたが、その瞬間、隙が出来た両手から難なく脱出したゲインの掌が、
ハーフパンツ越しにそっと触れそれを探りあてた。
 「なんだ、感じてるんじゃないか」
 「ちが…っそれはあんたが変な事するから…!」
布越しに軽く握られたかと思うと、ゆるゆると揉みしだくように愛撫されて、その突然の快感に息を飲んだ。
ベッドの中でお互い横を向いた体勢で、更にゲインは片腕しか使っていないというのに一気にここまで追いつめられて、
ゲイナーの頭は混乱と焦りから真っ白になり、必死に考えていた抵抗手段も実行に移す間もなくじわじわと消えていく。
 「変な事?」
 「だか、ら…っこういう…さ、触ったり…!」
 「でも気持ちいいんだろ?」
ぴちゃり、と唾液の濡れた音が耳許すぐ傍で響く。
男の手で衣類の上から擦られ続けたゲイナーの中心は、
既に先走りの液が滲み、下着の先端部分をじわりと薄く濡らし始めている。
 「や…っ、やめ…」
 「一回抜いとけ。すっきりして眠れるぞ」
 「余計…な、お、世話です…っ」
からかい半分のアドバイスを、ぎりぎりの状態で、精一杯反抗的な言葉にして投げ返す。
けれどゲインは無視して、このまま強引に行為を続けるのだろう。まるで、嫌がらせだ。
数少ない経験の中から導き出したゲイナーの、それは全く何の役にも立たない、結論だった。
 「…ぅ…、っく……」
強弱をつけて何度も扱かれ、下着の中で粘度の高い音を漏らす勃ち上がったそれを握り込まれる。
ビク、と身体が小刻みに震え、無意識に足の爪先に力が入った。しかしその瞬間は訪れず、
執拗に前を弄っていた掌は突然そこから離れ、何故かシャツをたくし上げると、中へ滑り込んでいく。
 「…ゃ、っ…なにす…」
 「余計なお世話だったんだろ」
背後から聞こえてくる、意地の悪い声。わざと射精のタイミングを外し放り出されたまま、胸の突起を濡れた指で無遠慮に嬲られる。
その度に奥底で疼く、熱を伴った焦燥感に耐えられず、ゲイナーは羞恥に押し潰されながら自分の手を下着の中の昂ぶったそこに持っていく。
 「ん、…ッ…」
熱を持った体液がヌル、といやらしく指先に絡みつく。
それまでの愛撫で既に張りつめていた自身は、何度か擦り上げてやるだけですぐに精を放った。
 「…は…っ、あ…」
ゲインもそれに気づいたのだろう、くたりと力の抜けた彼の身体に手を掛けると、
ぐい、と正面を向かせ、上から組み敷くような体勢を取った。その動きで、二人を覆っていた掛け布が床にずり落ちる。
 「お前、あれから何回した?」
 「………は…?」
意味が分からず素で訊き返す、ぼんやりと熱で上気したゲイナーの耳許で、ぼそりとゲインが呟く。
瞬間腕を振り上げたが、楽々と受け止められてしまった。
 「あんまり我慢すると身体に毒だぞ、ほら」
片方の手でゲイナーの拳を掴み取って動きを封じたまま、もう一方でハーフパンツと下着を易々と脱がしていく。
 「わ!ちょ…っ、離して…!」
唐突に、ひんやりとした外気に晒されたそこは、未だ熱を帯び、
より深い快感を望むようにひくりと震え、半分ほど勃ち上がりかけている。
自分の身体の、余りにも正直な変化に、ゲイナーは恥ずかしさの余り目眩を起こしかけた。
ゲインに耳打ちされた直接的な言葉が脳裏に浮かぶ。確かにあれ以降、自分で慰めたりはしていなかった。
正直そんな気持ちにもなれなかったのだ。けれど、無意識に身体の中に積み重なっていた性欲は、
男に煽られ一度達した事により堰を切って溢れ、まだ足りないというように、貪欲に首を擡げ始めている。
 「まだイけそうだな」
 「…い…ッ」
文句を無視して勝手にそう判断した男にクチュ、と指の腹で先端を弄られ、その刺激に背中が仰け反る。
弱い部分を探し出され、的確にそこを責めるという地獄のような愛撫から何とかして逃げ出そうとするが、
腕は捕らえられたまま頭上に拘束され、何より与えられる怖い程の快感に根こそぎ力を奪われて身動きすら出来ない。
 「…や、っ…も、やだ…!」
 「嫌?でもまたここで放り出したら自分でするんだろ、ゲイナー君は」
 「…ちが…っ、だって、それは…」
 「“あんたが変な事するから”、か?」
低く笑いながらそう云うと、ゲイナーに覆い被さっていたゲインの身体の重心が、微かにずれる。
前を弄っていた筈の指が、動きを変えて下肢へと伝い、熱をはらんだ奥へ侵入したのだ。
 「…う、わ…っ!」
驚いたゲイナーの口から、ひっくり返った妙な声が上がる。
無意識に身を固くするが、先程放った精液と二度目の先走りの液でぬるついた指は、
時間を掛けて慎重に、何度か周囲を撫でた後、ゆっくりと入り込み、抜き差しを繰り返す。
狭いそこはグチ、と音をたて、解され拡げられる度、
ゲイナーの素肌はぞくぞくと粟立ち軽い拒否反応を示したが、構わずゲインは奥を探った。
 「い…っ、や、め…そこ、…無理、むり…っ!」
内壁の敏感な部分を擦られたのか、小さな悲鳴を上げた後、それでも頭を振ってその快感を否定する。
 「こうやって、前も俺を受け入れただろ」
 「ちが…っ、…ぁ」
二本、次は三本。増やしては従順に呑み込んでいく内部でぐり、と筋張った指の向きを捻って変えてやると、
経験の浅い身体には刺激が強過ぎるのか、ゲイナーは泣きそうな顔で目をつむり、背けるように顔を枕に埋める。
 「いい加減、懲りてもよさそうなものなのにな」
二度もあんな目に遭ったというのに。
いくら警戒しようが線を引こうが、ベッドに入った時点で既に負けは決まっている。
本当に嫌なら出ていけば良かったのだ。初めは眠気が半分以上占めていた筈が、
余りにも素直な相手の反応に途中から火が点いてしまった自分を棚に上げて、ゲインは思う。
あんな安っぽい売り言葉に噛みつく事無く、部屋から出ていっていれば。それとも。
それでも、やはり自分は引き留めていたのだろうか。この生意気な少年を。

 「……っ、ふ…」
 「ま、教え甲斐はあるが」
小さな呟きに反応したのか、きつく閉じていた瞼が薄く開き、涙の溜まった瞳で睨みつけてくる相手を眺めながら、
ゲインは濡れた指を引き抜き、代わりに前を寛げ取り出した自身の先端を、ヌル、とそこに押し当てた。
無意識に無自覚に扇状的なのは、本当に、一番タチが悪い。
 「…い…ッ」
 「入れるぞ」
 「う、あ…っ、」
頭の上で拘束されていたゲイナーの腕が、ようやく解放される。
自由になったそれで何とかゲインの身体を突っぱねようと思っても、
中に異物を挿入される痛みと圧迫感で、身体が上手く動かないし、頭も全然回らない。
暗闇の中、方向を見失ったような感覚に、もう訳が分からなくて涙がぼろぼろ頬を伝った。
 「…な…で、こん、な……も…」
弱々しくしゃくり上げるゲイナーの、シーツを力一杯皺だらけにしている両手を根気よく外し、
それを自分の肩に誘導すると、離れないようきつく抱きつかせて、ゲインは更に身体を沈める。
 「もう少し、我慢出来るな?」
 「い…やだ…ッ、………あ、もう、や…」
時間を掛けて全てを埋め込んだ後、ゆっくりと息を吐いて、
ゲインは目の前の乱れた茶色の髪を宥めるように撫でると、そのまま放置されていた少年の濡れた中心に触れ、きゅうと握り込んだ。
 「ん…ぁ…」
何度か上下に擦ってやると、窪みから先走りの液が浮き上がり、ツウ、とこぼれ落ちていく。
そのまま根元から一気に扱き、いやらしく濡れた音を相手に聴かせながら追い上げてやると、
直後、肩に廻ったゲイナーの細い両腕に、力が入るのが分かった。
 「………ッ!」
ビクビク、と組み敷いた白い身体が震え、連動するように熱い内部が収縮する。
ゲインは思わず片目を眇めたが、それよりも別の場所で感じた鋭い痛みに意識を持っていかれる。
 「…お前な」
男の左肩の辺りには、うっすらと血の滲んだ噛み跡が付いていた。
どうやらこの行動は、達した瞬間自分の内に拡がる強烈な快感を持て余し、
声を我慢する余り手近なものに噛みついてしまうという、ゲイナーの妙な癖のようなものだった。
爪痕も噛み痕も特に気にしないタチだが、相手は思い切り、というよりも本気で噛んでいるのでなかなか手に負えない。
さてどうするか、とゲインは思考を巡らせつつ、肩を弾ませ荒い呼吸を整えている力の抜けたゲイナーの膝裏に手を差し込み、
脚を抱え直すと、挿入していたものを更に奥まで突き入れるようにズ、と動き出した。
 「…!あ…っ、や、…ゲイン…ッ…やめ…、」
射精した直後で全身がひどく過敏になっているのか、懇願するように何度も制止の言葉を紡ぐが、
擦り上げるように弱い部分を突いてやると、すぐに言語は崩壊した。
 「…ひ…ッ、いゃ…あ…」
無意識なのだろう、ぎゅう、と縋るように首に抱きついてくる。
その所為で更に密着し、間近になったゲイナーの、汗の粒が浮かんだ首筋にゲインが舌を這わせる。
そしてゆるゆると肩口の辺りまで舐めた後、そこに噛みついた。
 「ん…ッ、」
最初は弱く、そしてじわじわと強く。
 「な…っ、な、に…」
 「こうされると、痛いだろ」
呟いて、再び噛みつく。そのままぺろりと舌で皮膚をなぞれば、ビクン、と腕の中の身体が震えるのが分かる。
 「せめて甘噛み程度にしてくれ」
そう囁いたものの、ゲイナーはもう訳が分からない、といった様子で首を振って律動に耐える。
しかしゲインは更に教え込むように緩く歯をたて、その白い肩を甘噛みした。
許容範囲を遙かに越えた刺激を他人から与えられ、痛みと快楽の相反する感覚に翻弄される肉体に、
きっと理性で物事を判断する彼の思考回路は今、拒絶も許容も出来ずぐちゃぐちゃに混乱しているのだろう。
そのまま抽挿を繰り返し、自分の快楽を追いかける事に意識を集中する。
必死に押し殺しているのか、それでもゲイナーの閉じた口の端から漏れる泣き声は、
いつの間にか甘く掠れた弱いものに変わっていた。
 「…ぁ…ッ、…っ」
一際深く、それが中を貫いた瞬間、熱いものが迸って内奥を濡らしていく。
その感触に、ゲイナーはたまらず顔を男の首筋に押しつけた。もう、噛みつく余裕も気力も無かった。



翌日、ふらつく足どりで洗面台に立った少年は、自分の首筋に奇妙なものがある事に気がついた。
一体何だろう。眼鏡を置いてきてしまったので、ぎりぎり顔を鏡に近づけ目を細めてその正体を確かめる。

歯形?

指でなぞって、顔を顰めた。Tシャツをずらすと左肩の付近にもあった。
それに想起されたのか、昨夜の出来事が頭の中で鮮明に甦ってくる。口が勝手に名前を呼んだ。
 「……ゲイン」
起きたら既に居なかった、歯形の犯人の顔を思い出す。
何が甘噛み程度、だ。思いきり痕を残していったクセに。
消えないと分かっていながら首筋を擦り、もう片方の手で憤然と蛇口を捻った。
 「…やっぱり鍵は返そう。…いや、絶対、突き返してやる…!」
勢い良く溢れ出す水に向かって、決意したようにゲイナーが低い声で何度も呟く。
自分の残した盛大な噛み痕が、同じようにゲインの肩にも鮮烈に散っている事を、彼は知らない。



■end■

噛んじゃうの可愛いなーって。