12.



ゲインに寝込みを襲われた。

冗談みたいな本当の話だ。いっそ冗談だったらどんなにいいだろう。
膝の上でくしゃくしゃになった洗濯物を乱雑に畳みながら、ゲイナーは思う。
中身は自分のものとゲインのものとの半々で、洗濯機は彼の部屋の物を借りている為、
気がつけば、この部屋を頻繁に使うゲイナーが洗濯当番のような役割に就いてしまっていた。
自分の部屋にも洗濯機はあるにはあるのだが、それは既に居ついてしまっているアデットによって占有、
果ては私物化されてしまっており、蓋を開ける度女物の派手な下着に対面する心臓の悪さに耐えきれず、
結局ゲイナーは洗濯機を彼女に明け渡し、なんとなく男同士の気楽さもあって、こちらで洗濯するようになっていた。

薄く皺になっている衣類をゲイナーは黙々と折り畳んでいく。
それでなくても不器用なのに乱暴な動作も加わって、畳んでいるのか更なる皺を作っているのか分からない。
しかしそれにすら気がつかない程に、少年の胸中は穏やかなものでは無かった。
熟睡していた。心地良い夢の中で微睡んでいた筈だったのに、目が覚めると何故か正面にゲインの顔があった。
何が何だか分からないまま、いつの間にかいとも簡単に身体をねじ伏せられ、
半分寝ていて見当違いな抵抗しか出来ない事をいい事に、彼はそのまま自分を無理矢理抱いたのだ。

信じられない、と思う。本当に。

靴下をくるくると丸める手が、無意識に力を帯びていく。
あの時、謝ったのは嘘だったのか。
そもそもあの時だって結局は最後まで、されてしまったじゃないか。
つまり全然、絶対全然、反省なんてしていないのではないか、あの男は。
最後の洗濯物を畳み終えた後、ゲイナーは険しい表情で俯いたまま、小さくぽつりと呟いた。
 「このままじゃ駄目だ…」
でもどうしたら。
二人分の洗濯物の小山を両手で抱え、悩みながらそれでも決然と立ち上がる。
あの男に、これ以上好きなようにされるなんて、絶対に、まっぴら御免だ。



 「で?何なんだ一体」
学校帰り、バッハクロンに向かう途中でタイミング良くすれ違ったゲインを捕まえ、
人通りの少ない場所まで引っ張っていくと、ゲイナーは彼のコートのファー付近に視線を合わせながら、告げた。
 「僕、リビングのソファ借りますから」
 「はァ?」
突然の申し出の意図が分からず、ゲインが妙な語尾上がりの声を出す。
おそらくこちらを見下ろしている視線を、ゲイナーは徹底的に無視して先を続けた。
 「ですから、あなたはベッドを使って下さい。僕はソファで寝ます」
今も注がれているだろう、彼の視線。
けれどどうしてもそれを受け止められない。顔を見る事が出来ないのだ。あんな事をしてしまった、その後は。
 「あのな、…これは何度も云ったと思うが」
好きに使っていい、と彼は云う。そして今これからもそう告げるつもりなのだろう。
 「分かってます。でも僕はソファで寝たいんです。だから借ります」
それならば、自分の好きなように使わせてもらう。
溜息混じりにゲインが続けようとした言葉をぴしゃりとはねつけそう宣言した後、
ゲイナーは手にした鞄を肩に抱え直すと、男を置いて元来た道の方へ歩き出した。
が、一瞬立ち止まって逡巡した後、すうっと息を吸い込む。その細い後ろ姿に入る、微かな力。
 「あと…あと、金輪際あんな事はしないで下さい」
 「あんな事?」
本当に分かっていないのか、それとも分かっていてわざと訊いているのか、背後にいる男の声だけでは判別がつかない。
ゲイナーは怒りと羞恥で顔が歪むのを感じながら、半ばやけになって答えた。
 「寝てる時に!そ…そういう事はしないで下さい!絶対!」
ふ、と背後で感じた空気の振動する気配。笑っている。
弾かれたように振り返ると、ゲインは口許に広がる笑いを懸命に堪えているらしく、
両肩を竦める恰好を取りながら、「了解した」と努めて真面目な声を出したのだった。

絶対からかっている。面白がっている。
不真面目な請負人と別れた後、ゲイナーは乱暴な足取りでデッキに赴くと、
キングゲイナーの整備チェックを軽く済ませ、状態を見ながらゆっくりと起動させる。
そのまま制服の上にガウリ隊から支給された厚手のコートを羽織り、ユニットの周辺警備に出た。
ふわり、と足の底から宙に浮く感触。フォトンマットの虹色の細やかな光が空の夕陽と混じって溶ける。
スクリーン一杯に映し出されたその美しい光景を眺めながら、ふう、と背中を座席に倒した。
シベリア鉄道の線路越えはもう少し先だし、補給も済ませた為、近隣のドームポリスに停泊する予定もしばらくは無い。
何だかんだと文句を云いながらもガウリ隊に混ざり、こうして一日一回は空いた時間に周囲の警戒に当たっているが、
広大な雪の大地はたまに他のエクソダス主義者達の乗った移動型のシルエットマシンが通りかかるくらいで、助け合いこそすれ戦闘にはならない。
進路も経過も上々。
さすがは請負人だ、と以前五賢人達がべた誉めしていたのを聞いた事があったが、実際その通りなのだろう。
これ程の大所帯でエクソダスを行っている割には、素人の自分から見ても被害は最小限に食い止められていると思う。
それはきっと、請負人であるゲインの力によるものが大きい訳で。
ゲイナーはそこまで思考を巡らせて、苦々しく溜息を吐く。
請負人としての腕は確かに凄いとは思うけれど、人間的にはかなり問題があると思う。
更にそのとばっちりを受けているのが自分なのだから、本当にどうしようもない。
ぐ、と腕を伸ばし、頭の後ろで両手を組んだまま身体を反らせて、再び思考に没頭する。

ベッドよりも安全で、出入口に近いという安直かつ単純な理由で、
寝る場所をソファに移動したからといって、根本的な解決にはならない事は分かっている。
けれどもう嫌だった。からかうようにあんな事をされるのも、その結果滅茶苦茶になる自分も。
 「……う〜…」
無意識に妙な唸り声が口から漏れていた。
そんなに嫌なら出ていけばいいのだ。それが最良の方法。それなのに。
瞬間、ピッ、とスクリーンに別ウィンドウが開く事を知らせる音がして、我に返る。
 『ゲイナー?警備ご苦労様。シベ鉄も居ないようだし、もう戻ってきていいわよ』
キングゲイナーのコクピット内に響く軽やかなサラの声。
エクソダスが順調にいっている所為か、ウィンドウ一杯に広がる明るい彼女の笑顔に、つられて少しだけ心が緩む。
 「分かった、戻るよ」
太陽はいつの間にか地平に落ち、薄紫色の空へと変貌を遂げていた。
気づけばヤーパンの天井から大分離れてしまっていて、慌てて引き返し速度を上げる。
白金色の機体にふわりと纏うフォトンマットの光は、薄闇の中でも尾を引くように輝いていた。



 「さて…と」
部屋に戻って食事を済ませ、軽くシャワーを浴びるなり、寝室から自分の枕と適当に毛布を一枚引き抜くと、
ゲイナーはそれを抱えてリビングのソファへと向かった。元々上流階級の人々の為に設計されたらしいこの部屋は、
一号ユニットのバッハクロンに一番近い居住ユニットの中にあり、アナ姫もここと良く似た構造の部屋に住んでいる。
室内の装飾はシンプルだけれど品が良く、調度品も素晴らしい。寝室にあるベッドもそうだったが、
このソファもサイズに十分余裕をとって設計されているので、ゲイナー一人横になっても窮屈さは全く感じられなかった。
 「なかなか、快適…かも」
寝る場所が変わっても、自分の使っている枕さえあれば多少時間はかかるが、眠る事は出来る。
眼鏡を外し傍に置いて明かりを消した後、意識的に枕へ顔を押しつけた。
何度か寝返りをうとうとして上手くいかず、ここがベッドでは無い事に気づいて、丸まって睡魔を待つ。
馬鹿な事をしている、と自分でも思う。こうしてビクビクするならさっさと自分の部屋に戻ればいいのだ。
けれどあそこにはアデットが居る。一緒になんて寝られない。それならゲインとだったらいいのだろうか。
分からない。元はといえばゲインが悪いのだ。あんな事をするから。
とろとろと微睡みながら、とりとめの無い思考の海にどっぷりと沈んでいく。
それは物凄く自分勝手で、余りにも自己中心的な考えだと、ひっそり心の奥で自己嫌悪しながら。



 「………」
見慣れた天井。
豪奢で精密なそれをぼんやりと眺めながら、瞬きを繰り返しゆるゆると意識を覚醒させていく。
 「………あれ」
おかしい。
ひたひたとゲイナーに迫る違和感は、上体を起こした瞬間現実となった。
 「…っ、あれ…?」
ぼやけた視界のまま周囲を見回し、何度も自分の身体を覆っている掛け布やシーツをめくっては戻す。
おかしい。自分は確かに昨晩リビングのソファで眠った筈だ。それなのにここは。
 「…ベッドだ」
訳が分からない。
寝起きの状態も相まって、頭の中は盛大に混乱したまま、それでもふらふらと洗面所へ向かった。
とりあえず顔を洗って頭をすっきりさせてから考えよう。そうしよう。
しかし寝室の扉を開けた瞬間、ゲイナーは再び自分の目を疑った。
眼前に広がるリビング。そこに備えられている自分が眠っていた筈のソファに、何故かゲインが横になっているのだ。
収まりきらない脚を肘掛けから放り出すように、そこで伸びている男の傍まで駆け寄って、頭の上からでたらめに被っている毛布を引きはがす。
途端獣のような呻き声がゲイナーの耳を掠めたが、構わず揺り起こした。
 「ゲイン!なんで、どうしてあなたがここで寝てるんですか!ちょっと!」
何度か名を呼ぶと、唐突に眠りを妨げられた不快感で思い切り眉を顰め、ゲインがうっそりとした様子で目を開ける。
 「…あァ?…昨日、ソファから落ちかけてたのは誰だよ…」
 「へ……?」
 「…危ないからベッドに移してやったんだ」
 「だ、だからって、なんであんたが」
 「一緒に寝るのは嫌なんだろ?」
じゃあ俺がここで寝ればいい。と、大きなあくびをしながら当たり前のように述べた。
いきなり図星を突かれ、ゲイナーの、はぎ取った毛布の端を握る指の力が思わず強くなる。

つまり昨夜、
ゲインがここに戻ってきた時、間抜けにもソファから落ちかけている自分を見かねてベッドに運び、そのまま彼はこのソファで眠った。
と、いう事なのだ。

 「…そ、そういうんじゃ、」
 「意地張るなよ。ベッドはお前に譲ってやるから安心して寝ろ」
 「…っ」
見抜かれている。
言外に、怖いんだろ?と云われた気がして、ドキリと心臓が鳴った。
眠そうな顔でニヤリと含むように笑うと、ゲインはその場で固まっているゲイナーの手から毛布を奪い取り、再び就寝体勢をとった。



こんな筈じゃなかったのに。
無造作にペンを回しながら、ぐるぐると廻る終わりの見えない思考に飲み込まれる。
授業中だというのにこの有り様だ。教壇に立つママドゥの声も耳許を通り過ぎるだけで、内容など全く頭に入ってこない。
あれから、事態は確実に悪化していた。というより、おかしな事になってしまっていた。
あの後本当に、ゲインはソファで寝出したのだ。
例え自分が先にそこを占領し眠っていたとしても、翌朝にはベッドに移動させられている。
そういう事が何度かあって、ゲイナーはとうとうソファで眠る事を諦めた。
だからといって、このままでいい訳は無い。問題はあの男だ。指先で回していたペンを止める。
本来ならソファでなんか眠るなんて事、しなくていいのに。
部屋に転がり込んだのは自分の方なのに、部屋の主を差し置いてベッドを独り占めしているという、奇妙な事態。
互いの立場が逆転してしまっている。
余白だらけのノートの上にペンをそろりと転がして、ゲイナーは内心頭を抱えた。
このままでいい訳は無い。
もう一度、頭の中でこの言葉を繰り返す。
安心して寝ろ、と云った通り、あれからゲインは何もしてこなかった。いつもと同じ、普段と同じように接してくる。それなら。
 「…でも」
身体は覚えているのだ。未だに、全てを。
ぞくりと背筋を伝う感覚に、無意識に身体が震える。恐怖と、嫌悪と、羞恥と、それ以外の何か。
 「…でもなぁ」
 「何がでも、なんだ?ゲイナー・サンガ」
 「え?…うわっ!」
顔を上げるとママドゥの強烈なアップにぶつかり、思わずゲイナーの身体が椅子から浮き上がった。
 「この様子じゃ今までの話は聞いとらんだろうな…放課後職員室まで来るように」
 「……はい」
教室にくすくすと響く笑い声の中、ちらりと視線を斜め前に上げると、呆れたような表情を浮かべたサラとぶつかる。
自業自得だと分かっているが、どっぷりと最低な気分に飲み込まれてしまった。



職員室でこってりと絞られた後、鬱々とした気分でいつものようにデッキへ向かう。
何となくゲインの姿を目で探しては、居ない事にほっとした。
最近余り姿が見えないのは、線路越えが近づきにわかに忙しくなってきたからだろうか。
作戦が決定するまで特に何もする事が無く、決まればその指示に従うだけの自分とは比較にならないくらい、請負人には様々な仕事があるのだろう。
そう考えると、罪悪感にちくりと胸が痛んだ。くたびれて帰ってきても、寝る場所がソファだなんて。
顔を見なければ気が楽になる反面で、心の何処かで会いたくて焦る自分が居る。

そしてその焦燥感は、この日決定的なものとなった。



色々な事を考えていた所為で眠りが浅かったのか、夜中に目が覚めてしまい、
何か飲み物を取りに行こうと、ゲイナーがリビングにそっと足を踏み入れた時だった。
扉の隙間越しに細く光が漏れている事に訝しんで静かにノブを捻ると、一気に視界が明るくなる。
何度か瞬きを繰り返して、目を明順応させながらソファを覗けば、案の定そこにはゲインが横になっていた。
片腕をだらりと床に落とした恰好で、窮屈そうに、眠っている。
途端グ、と理解不明の感情が湧き起こった。
喉元までせり上がりかけたそれを理性で必死に抑え込みながら、
けれど何かがふっ切れた身体は、眠っている男の胸ぐらを掴むという暴挙に出た。
軽く相手に乗りかかるように片膝をソファの端に乗せ、そのまま強く、掴んだ両手を自分の方に引き寄せながら、

 「いい加減にして下さい!」

馬鹿みたいに、叫んだ。
 「どうしてあんたがここで寝るんだ、僕が邪魔ならさっさと追い出したらいいじゃないですか!どうして」
耐えられなかった。
自分から願い出た筈なのに、元はといえばゲインが悪いのに、嫌だと云ったのに強引に抱いたゲインが。
これは彼が勝手にやっている事だ。それなのに何故こんなにも気分が悪いのか。後ろめたいのか。どこから間違ったのか、もう分からない。
 「邪魔だなんて云ってないだろ、一言も」
突然掠れた声がして視線を落とすと、ゲインが胸ぐらを掴まれたまま、
呆れているのか単に眠いのか、不思議な表情でこちらを見上げている。
 「じゃあ、…なんで」
 「お前が嫌だって云ったんじゃないか。俺と寝るのが」
 「そんな事云ってません」
ムキになって返したが、しまったと思ったのは、胸許にあった両腕を片手で掴まれ引き離されて、一気に体勢を崩されてからだった。
 「じゃあ何をそんなに怒ってるんだ」
間近になった顔を更に近づけて、ゲインがその蒼碧の瞳に静かな笑みを宿しながら囁く。
つい今まで眠っていたとは思えない程の力で、手首を掴み上げてくる。しまった。罠に掛かった、かもしれない。
ゲイナーは頭の端で警戒しつつ、こくりと息を呑んだ。
 「知りませんよ、もう。あんたがここで寝るから訳が分からなくなったんだ」
肌に濡れたような生温い感触。ゲインが掴んだ腕に唇を這わせていた。
本当に油断も隙も無い。けれど彼の上に乗っているような体勢なだけに、振り払う事も難しい。
 「ではベッドはもう解禁、という事かな」
 「…変な事はしないで下さいよ」
 「なら、」
ここでするか。
瞬間、不穏な言葉が小さく耳を掠めた気がしたが、訊き返すより早く、視界がぐるりとひっくり返る。
当事者であるゲイナーには、何が起きたのか分からなかった。
ぶわ、と宙に浮く感じと背中に何か柔らかなものがぶつかる感じを同時に味わい、
反射的に閉じてしまった両目をそろそろと開けた時には、
下に組み敷いていた筈のゲインが自分の上に緩く覆いかぶさっており、まんまと形勢を逆転された事にやっと気づいた。
 「ちょっと!」
 「目が冴えちまった。安眠妨害の責任、きっちり取れよ」
 「はあ!?って…わ…っ!」
逃れようとするが巧みに身体をソファに押しつけられて、更にゲインが上からのしかかっているので身動きさえままならまい。
それでも奮闘しているゲイナーの耳許に突然柔らかなものが触れた。ぴちゃ、とぬめる熱い舌の感触に、無意識に首が竦む。
 「上に乗って騒がれたのは初めてだ。例え誘ったにしても乱暴極まりないな」
からかっている、絶対。
ゲイナーは怒りと羞恥で顔が熱くなるのを感じた。
 「あ、あんたにだけは云われたくないですよそれ!」
自分だって似たような、もっとタチの悪い事をした癖に。
そう反論しかけた口は、実にタイミング良く塞がれてしまった。
 「…っ…ん…!」
最初は触れるだけの、けれど次第に噛みつくようなそれに意識がずるずると奪われる。
腕の中で滅茶苦茶に暴れていた筈なのに、
ゲインの舌が口内で自分のものと絡まる度に、それがくちゅりと濡れた音をたてる度に、
まともな思考や理性は隅に置きざりにされ、身体の奥に認めたくない新しい熱が生まれる。
それでも懸命に男の身体を押し戻そうとする両腕は呆気なくひとまとめにされ、頭の上の方に追いやられる。
 「……っ…、や…」
上がった息。眼鏡を外され再びキス。
障害物が無くなり先程よりも深くなったそれに、息継ぎが上手く出来ず、浅い目眩が理性を痺れさせた。
軽い酸欠でふらつく頭を必死で元に戻しながら、ゲイナーは組み敷かれながらも何とか体勢を立て直そうとする。
けれど腰を浮かせ膝を立てようとした瞬間、それを狙っていたかのようにハーフパンツと下着を降ろされた。
 「ちょ…っ何やっ、て…!」
それらは膝裏で一度引っかかったが、これ以上好きにさせまいと、
ゲイナーが脚を更にばたつかせた結果、彼の意図に反して呆気なく床に落ちてしまった。
 「手間が省けたな」
 「…っ」
 「ここまできて無粋な事を訊くなよ、少年」
腹立たしい程強引な癖に、絡めてくる指はひどく優しい。
ゆる、と先端を撫でられ、掌で根元まで包み込み擦り上げる。たったそれだけの動作で情けない程感じた。
歯を食いしばりながら、それでもゲイナーは射精の欲求を堪える。それを知ってか、ゲインはわざとゆっくり、そして執拗に中心を嬲り続ける。
 「ぃ…っやめ…や、だ…」
快感を促すように舌が耳朶を、首筋を、鎖骨をぬるりと這った。反応を隠せない所為で弱い所は既に熟知されきっていた。
 「やだ、こんな、…っの…」
くちゅくちゅと濡れた音に耳を塞ぎたくても腕は男に捕らえられたままで、余りの羞恥に目を瞑れば快感は更に倍増した。
 「…んっ、い……っぁ、」
ひく、と身体が震える。容赦無く追い上げられみっともなく男の掌の中で精を吐き出し、
せわしない呼吸を整えながらずるずると弛緩した身体を持て余していると、ようやく頭上で腕を掴んでいたゲインの左手が離れ、拘束が解かれた。
突然の好機にゲイナーは慌てて上体を起こそうとしたが、それすらゲインの計算の範囲内だったらしい。
ぐ、と右足首を掴むと、そのまま割り広げるように持ち上げて緩く膝を折り曲げる。
 「ゲ!ゲイン…!」
逃げようとした身体は再びソファの上に引き倒され、更にいたたまれない格好をさせられたゲイナーは、
半ば混乱した声で名前を叫んだが、呼ばれた本人は意に介さず、露わになった部分に少年の放ったものでどろりと白く濡れた指を埋め込んでいく。
 「わっ!あ、ちょ…いや、いやですって、ば…っ」
生理的な嫌悪感にヒクッとゲイナーの喉が反った。無防備になった喉仏を緩く噛まれ、口づけられる。
唇が離れる際に舌で緩く隆起したそこをなぞられ、腰の辺りにむずがゆさを感じて困惑するが、筋張った指は無遠慮に狭い内部を侵し、まさぐる。
ゆっくりと丹念に、いやらしく抜き差しを繰り返しながら。
 「…ひ、ぅ……っく」
噤んでいても漏れ出す声は、苦痛を堪えている筈なのにひどく弱くそして甘くて。
明るい部屋、近すぎる男の身体、粘ついた水音。それら全てに耐えられず、ゲイナーは無意識に自分の腕で顔を覆った。
 「…っ…り」
 「ん?」
聴き返される声が、嫌になる程近い。
耳許、同時に熱を帯びた吐息を吹きかけられてゾクリと身体が奥底から震えた。
顔を覆う腕をゆっくりと解きながら、掴んだ白い手首の、薄く浮き出た血管を辿るようにゲインが皮膚の上を舌先で舐める。
 「かり…っけしてくださ…」
何とか口に出した弱々しい願いはいきなりのキスで封じられ、結局うやむやにされてしまった。
その間にも中では何本かに増やされた指がばらばらと蠢き、くぐもった音を持続的に立ててはゲイナーの羞恥を的確に煽っていく。
 「ん、…っ………」
更に頭の奥までぐちゃぐちゃに犯されるようなキス。その合間に、それでも明かりを消して欲しいと訴えてもゲインは聞き入れない。
こういう時にしか見せない、やけに艶のある、意地の悪い笑みをその精悍な顔に浮かべながら、すぐ分からなくなるだろ、とその表情と同じく意地の悪い事を云った。
濡れた音と共に無造作に内部を弄っていた指が引き抜かれるが、濃厚なキスと愛撫によって全身から抵抗する力を根こそぎ奪われ、
身動きすらままならないゲイナーは、これから始まる行為にゆる、とただ首を振る意思表示しか出来なかった。
脇に置いてあったクッションを腰の下に敷かれ、弱々しく嫌がって緩くばたつく脚を更にぐ、と押し広げられる。
 「やだ…離して…や、…そ…なの入らな…」
侵略される恐怖を思い出し、譫言のように否定を繰り返すゲイナーの汗に濡れて固まった前髪を掻き分けてやりながら、ゲインは口の端だけで笑った。
確かにこういった関係を持つようになってまだ日は浅いし、きっと条件反射的に口から出ているのだろうが、今更な言葉に苦笑を禁じ得ない。
 「ゲイナー」
 「は、い……?っ…い…!」
ソファの背もたれの上に置いていた手を離し、身体をゆっくりと倒しながら名前を呼ぶ。
ゲイナーの意識が一瞬逸れた隙を突いて、ズ、と先端を埋めた。同時に上がる、悲鳴じみて濡れた声。
暴れる腕を押さえ込み、それらを自分の肩に誘導すると、ゲインは右膝の裏に手を差し入れそのまま身体を時間を掛けて沈めていく。
 「…っく……む…っ、り…や、だ……、ぅ……ッ、あ…」
恐怖と痛みと混乱で、藁をも掴む、という風にかじりつき、背中を遠慮無く引っかかれる。
しかしゲイナーからもたらされるその痛みは、ゲインにとっては緩い快感にしかならない。
少し動かすだけでビクビクッと過反応を起こす白く華奢な身体をきつく抱き締めながら、
 「もう、入ったじゃないか、全部」
云ってやると、ぐしゃぐしゃの顔で「うそだ!」と速攻否定された。
 「嘘じゃない。分かるだろ?ほら、中」
ゲインは一度収めたそれをズル…と半分程抜いて、再びゆっくりと挿入する。嫌でもその感触が、分かるように。
 「うそ…っ…ち、…ちが…、…ッ…ん、ぁ」
繋がった身体を見せつけられるように抱かれながら、
ひどく卑猥で、直接的で淫らなそれに、鳥肌が立つ程の嫌悪を感じている筈なのに、それなのに。
何度も奥を擦られ抽挿を繰り返される度に、身体が、理性がどろどろに溶けて無くなっていく気がした。
  「…っ、ゃ、ゲイン、やだ…っ、や……」
狭いソファの上で、明かりをつけたまま、まるで喧嘩のようなセックスを自分はゲインとしている。
冗談みたいな本当の話だ。いっその事冗談だったらいいのに。この状況、この関係、この出来事が、全て。
ゲイナーは、熱に浮かされ朦朧とした頭で思った。
明日はきっと、筋肉痛だ。



翌朝、目が覚めると余りの身体の重さに驚いた。
腕を動かすだけでギシギシと軋むような痛さに、昨晩の事を嫌でも思い起こすハメになってしまったが、
無理矢理記憶を隅の方へと追いやって、ゆっくり上体を起こすと、薄暗闇の中、辺りをぼんやりと見渡す。
くしゃくしゃではあるが、かろうじて服は着ている。ここはどこだ。思った途端ゲイナーの後頭部に何かがあたった。
のろのろと振り返ると、それはゲインの伸びた腕だった。彼はソファで眠っている。自分はすぐ下の絨毯に座っている。
あの後の事は曖昧で、切れ切れにしか覚えていないけれど、これは。
 「道理で痛い筈だよ…」
どうやら自分は、ソファから落ちたらしい。
男二人でソファで寝るなんて、明らかに無理だ。無茶だ。昨日、嫌になる程身体で思い知らされのだから。
だから。
 「僕、ベッドで寝ますから…」
ソファに手をついて、油断すると沈みそうになる膝をそろそろと伸ばしながら、立ち上がる。
何処もかしこも痛くて、昨夜の予想通りだと嬉しくない的中にうんざりと目を細めた。
 「だから、あなたも、……寝て下さい」
いつ明かりを消したのだろう。
早朝特有の、ひんやりと冷たい匂いのする薄暗闇の中で、聴き取れない程の小さな声で彼にそう告げて、
ゲイナーは近くに放り出されていた眼鏡を拾うと、関節の痛みに堪えながら寝室に続く扉へゆっくりと歩いて行った。
後ろから「了解した」と、ゲインの掠れた声が、聴こえた気がした。



■end■

そんな訳で、今後2人はベッドをシェアするようになった…らいいです(願望)