17.
事の発端というやつは、往々にして馬鹿馬鹿しい事から始まるものだ。
「ゲ・イ・ナァ〜!!」
耳をつんざく声が、名を呼ばれた少年の背中を急襲した、その瞬間。
驚いて振り返るより早く、持っていたグラスを凄い勢いでひったくられる。
その動きについていけず、思わずよろけたゲイナーの胸ぐらを、声の主は構わず力任せにぐいっと引っ張った。
「ちょ…っベロー!い、息が出来ない…!」
「飲んだのか?!」
「はあ?何を…」
喉許を押さえられる窮屈さに思わず眉を顰めて問うが、
対する友人は小刻みに震えたままで、なかなか口を開こうとしない。
明らかになんだか様子がおかしい。
「ベロー?!…っく、苦しいってば」
「飲んだんだな!」
「だから何をさ…!?」
「薬だよ薬!ここに置いてあった!」
空いている方の手でビシッと棚の上を指さしながら、
ベローは泣きそうなのか怒っているのか判別しにくい表情になって甲高く喚いた。
そんな彼の、胸許を掴んでいる手をそろそろと解きながら、半ば釈然としない顔で曖昧に頷く。
「飲んだよ。だってあれ僕の胃薬だし」
最近度重なる戦闘の多さに神経が先に音を上げたゲイナーは、そのストレスが直接胃に来た。
常に痛むのでは無く、たまにじくりと痛くなる。二日前、その不快感に耐えられず医務室の扉を叩き、
診察の結果、神経性のものだから。とペルハァに処方してもらった薬を、先程デッキで軽くパンを食べたついでに服用したところだった。
しかしその事を何故ベローが知っているのだろうか。サラにも誰にも云っていない筈なのに。
「ちっがうんだよそれがァ!あの薬は俺のなの!」
ぶんぶんと首を振りながらオーバーアクション気味に否定するベローを、さっぱり訳が分からない、といった面もちでゲイナーが見上げる。
金髪のリーゼントの先端が首を振る度ふわふわと揺れて、妙に緊迫した状況なのになんだか少し微笑ましかった。
「間違えてるのはベローの方だろ?あれは僕がペルハァさんに処方してもらった…」
「こ・れ!!」
言葉を遮られたかと思うと、目の前に掌に乗った白い錠剤を突きつけられる。
見慣れたそれに驚いて何度もまばたきを繰り返したが、やはりその形状には見覚えがあった。
おかしい。
何故ベローが自分の薬を持っているのだろう。
「………」
「お前が飲んだのはなんかちょっとピンク掛かってたやつ!あれ俺の!飲んだのか?!」
確かに彼の掌に所在なく乗っているのは、自分の胃薬だ。
けれど先程自分は棚の上に薬を置き、傍にあったピッチャーで水を汲んだ後、錠剤を飲んでいる。
という事は、同じ場所にあった別の薬を間違えて飲んでしまったという事だろうか。
俯いて、既に胃の中に収まってしまった薬へと記憶を遡らせていく。
そういえば、ほのかにピンク色。だったような。そんな気もする。
「……………飲んだ、かな」
ゲイナーがゆっくり、うん。と首を縦に降ろした瞬間、ベローの長身が一気にその場に崩れ落ちた。
見下ろすと金髪の頭を抱えて何やらぶつぶつ云っている。
折角整えたセットがほつれ、自慢の髪型が台無しになってしまうのも構わずに。
「………ええと、ベロー」
だとしたら、自分は一体何の薬を飲んでしまったのだろうか。
沈みきったベローの骨張った肩を叩きかけると、突然汗だらけの顔が上がった。
「な、なんともないか!?ゲイナー」
「?…う、うん。ねえベロー、一体なんの…」
冷や汗なのか脂汗なのか判別が難しい、尋常では無いそれを浮かべながら、彼はゲイナーの素朴にして重要な質問を早口で遮断した。
「や、違うんだ別に!そりゃ高かったけどよ、俺にはそんな下心なんて断じて無いんだ!単に興味!純粋な興味で買っただけなんだよ!な!」
な!と云われても。
質問に対する解答が大幅にずれている。
というか全く噛み合っていないような気がするのだが。
ゲイナーがますます怪訝な顔でベローを見つめると、張り付いた笑顔であははと空笑いが返ってくる。ますます怪しい。
「だからさ、ベローの薬は何だったの?」
「いやあ全然害は無いから大丈夫!うん!なんつうの?えー…え、栄養剤?みたいなもんだからさ!」
「…栄養剤。じゃあ別に僕が飲んでも大丈夫だったんだね?」
「え…あ、お、おう!もー全然OK!…あっ俺もうバッハクロンへ戻る時間だ。シッタと交代しないとな!」
明るい口調でそそくさとゲイナーに背中を向けるベロー。
しかし、それじゃあな、と片手を上げて振り返った時、一瞬だけ妙に深刻な顔になった。額には新たな水滴が噴き出している。
「…ゲイナー、あのさ、この事サラには云うなよ。絶対云わないでくれ」
「?別にいいけど…」
自分もサラに心配をかけさせたくなかったから、医務室へ行った事も薬を貰った事も話していない。
なんだかそんな姿を好きな子に見せるというのは情けないように思えたし、なにより格好悪いのだ。
もしかしたら、ベローもそういう気持ちなのだろうか。
高い栄養剤だと云っていたし、ガウリ隊の一員として働き詰めの彼も疲れているのだろう。
そんな彼にこっそり親近感を持ってしまい、思わず笑って手を振った。
「大丈夫だよ、誰にも云わないから」
ベローを見送り、デッキで仕事をしていたコナ達に自分でも出来る整備方法を教わって、
拙いながらも何とかキングゲイナーの整備を一通り終えた後、ゲイナーは少しだけ逡巡したが、結局ゲインの部屋に戻る事にした。
アデットが自分の部屋を占拠してしまった後、居住ユニット内を散々放浪した末、彼は何故か巡り巡ってゲインの自室に住む事になっていた。
とはいえ部屋の主は請負人という職業柄、ユニットの様々な場所を仕事で飛び回っているので滅多にこちらには帰ってこない。
故に今は、もっぱらゲイナーの自室のようになってしまっている。
この時、いつも一瞬、躊躇するのだ。
何時までもこの部屋に居ていいのだろうか。
いい加減アデットと話をつけてどうにか自分の部屋に戻った方がいいんじゃないか。
そう、いつもゲインの部屋に足を踏み入れる前に、躊躇してしまう。
手に馴染んでしまったスペアキーは、けれど当たり前のように鍵穴に差し込まれ、扉が開いてゲイナーを部屋へと招き入れる。
(…いい加減、どうにかしなきゃな)
首に引っかけていた、汗を吸ったタオルを脱衣所へと持っていき、面倒臭いのでそのまま入浴も済ませる事にした。
浴室の蛇口から溢れ出る湯の温度を調節しながら、ゲイナーは苦々しい笑みが口許に浮かんでしまうのを止められない。
気がつけば部屋の主よりも、自分の方がこの部屋の使い方を熟知してしまっているなんて。
(どうにかしなきゃだよ、…ほんと)
「なんだ、起きてたのか」
やや乱暴に開閉される扉の軋みと、微かな足音。わざと音を消す、独特の歩き方。
聴き慣れたそれに顔を上げると、寝室の扉に手を掛けている、少し意外そうな顔をしたゲインと目が合った。
「帰ってきたんですか。もう寝るところです」
灯りを落としてベッドサイドに外した眼鏡を置き、そっけなく返事をすると、
薄暗い視界の隅で輪郭の甘くなった白いコートが小さく蠢く気配を感じた。大方肩でも竦めているのだろう。
「すっかりお前さんの家になってるな」
「おかげさまで」
この男特有の、からかいの色が混じった軽い皮肉をさっさと受け流し、
掛け布を持ち上げ柔らかなベッドに潜ろうとしたゲイナーの身体が、一瞬不自然に固まる。
「……」
「いい加減仮眠室のベッドにはうんざりでね。時間が取れたから戻ってきた」
一方的に喋りながらばさりとくたびれたコートを脱ぎ、傍の長椅子に無造作に放り投げるゲイン。
そのまま大きく伸びをして、凝り固まった筋肉を解すように腕をゆっくりと回す。
「風呂でも入ってくるかな」
「そうですね、是非そっ、…うして下さい」
硬直したまま後ろ手でなんとか枕を探り当て、身体の前に引き寄せながら、ゲイナーが息を呑む。
上擦った声に一番驚いたのは自分自身だった。
ゲインの手前平静を装ってはいるのだが、彼の頭の中は現在凄まじいパニック状態に陥っていた。
おかしい。
絶対おかしい。
身体が。なんだか。でもどうして。
「そうだ、何か食うもの残ってるか?」
「は…っ配給のパン、余分にもら…ってきました」
おかしいと思う度、心臓が強く脈打つ。
その所為だろうか、頬が、耳が、身体が熱い。
きつく枕を握りしめ、ゲインが部屋から出ていくのを待っているというのに、
彼は何故かゆっくり片手で艶の無い髪を掻き廻しながら、更にのんびりと口を開いた。
「気が利くな、少年」
「い…いえ、別、に」
弾む息、浅くなる呼吸の所為で、声に出す言葉も不鮮明なものになってしまう。
思わず空いている方の掌で口許を押さえかけたが、そんな事をしたらますます不審に思われるかもしれない。
ゲイナーは視線を逸らしたまま、ずりずりとベッドの頭の方へ後ずさった。
が、この時ゲインから一瞬でも目を逸らしたのが間違いだったという事に、気づいた時は既に遅く。
何時の間に距離を詰められていたのか、ぐっと足首を掴まれ視界が空を描いたと思えば一気に引き倒される。
「うわっ!」
肌に直接ざらりと擦れるシーツの感触、何故かダイレクトに身体に伝わってびくりと反応してしまった。
それだけで息が上がる。信じられない。
このような暴挙を行った張本人を仰ぎ見れば、ゲインはやはり怪訝な顔でこちらを見下ろしている。
「一体どうした?」
「な…でもありません…!」
「なんでもない、ねぇ」
思案するように顎を撫でていた手が、突然身体の前面部を隠していた枕を取り上げ膝を軽く割った。
「…っ!」
目を瞑る。
触られるだけで背筋に電流が走るような、そんな。
「何でもないのにこうなるのか?元気で羨ましい事だ」
からかうような感心するような、そんな声音で云われ、余りの羞恥に目眩がする。
自分だってこの、突然の身体の変化についていけてないというのに。
「だから、何、でも、ないって…も…放っておいて下さ……」
息を継いで、何とか答える。呼吸が熱くて頭が朦朧とした。
ゲイナーはそれでもずる、と後ろへ下がろうとするが手足に力が入らず途中失速してしまう。
「なんか妙なモンでも飲んだのか?」
呆れたように腕を組み、こちらを見下ろすゲインの瞳は疲労の色が濃い。
この状況を早急に解明すべく、彼に促されるまま記憶を辿っていくゲイナーの脳裏に、突然一人の人物の顔が浮かび上がった。
あの時。
薬を飲んだのかとしきりに尋ねていたのは。
その薬の効能を何故かずっとはぐらかしていたのは。
ベロー?
「………あ。」
「…本当に飲んだのか?!」
そんな真顔で訊き返されても困る。
ゲイナーは思わず言葉に詰まってしまったが、おそらく原因はこれしか考えられない。
「多分…あの…胃薬と、間違えて飲んだのがなんか……、…っ」
無意識につま先が震えた。どんどんと、悪寒にも似たこの症状がひどくなっているような気がした。
どうしよう。
理性が溶ける。本能が疼く。
どうしよう。
すごく、したい。
「ま、こんなところで売られてるのは、純度の低い安物だろうが…」
「…へ?」
声のする方に視線を向けると、やれやれといった風にゲインが首筋を掻きながら、軽く片眉を上げていた。
「媚薬の一種だろ。ある程度時間が経てば効果は切れる」
「びっ…」
くらりとした。
そのまま暗転してしまいたい、とゲイナーは心の底から願ったが、薬の所為でおかしくなった身体はそれを許さない。
朦朧としている筈なのに、何処か頭の芯は、質の悪い熱を持ち冴えきっているのだ。
愕然とした表情を浮かべている少年を面白そうに眺めた後、まあ頑張れよ、とゲインはひらっと手を振り背中を向ける。
云いたい事だけ云って後は置き去りにするなんて。
そう思った瞬間、今まで感じた事の無い衝動が、喉の奥から迫り上がってくる。
「ま…っ」
考えるより先に身体が動いた。
気がつけば、背中を向け離れていく男のタンクトップの片端を、必死で掴んでいた。
ゆっくりとこちらを見下ろす蒼碧の瞳。
負けずにきつく、見返した。眼鏡を掛けていなくて良かったと本当に思う。
いつもならこんなにも真っ直ぐ、他人の顔を見つめる事なんて出来ないから。
「なんだ?」
分かっているクセに、わざとこんな事を訊く。本当に憎たらしい。
「……」
「云わなきゃ分からないぞ」
意地の悪い口調。
それでも口を噤んだままでいると、ふっと息の抜ける音が頭上で聴こえた。
笑って、いるのだろうか。一人じゃ何も、どうする事も出来ない、無様な自分を。
「俺に、どうして欲しいんだ?」
耳に落ちた含みのある低音は、ゲイナーのなけなしの理性をあっけなく失わせる。
この男の声は、快楽中枢を的確にくすぐるのだ。
「……っ、…」
無言で腕を掴み、ゲインの身体を引き寄せる。
彼がベッドに上がる時間を惜しむように、熱で混乱するままキスをねだった。
大きな掌で火照った頬を撫でられ、髪を耳にかけられる。そのひやりとした感触すら快感に直結してしまうなんて。
「……ん…っ」
唇に軽くあたるカサリと乾いた唇が、表面をなぞった。それだけで身体が震える。力が抜ける。
じらすような唇への愛撫に、息苦しさを覚えて口を開ければ、狙ったように舌がねじ込まれた。
生温かくて柔らかい、気味の悪さと気持ち良さが同時に与えられる。
くちゅ、とそれが口内で蠢く度に粘ついた唾液の音が耳を汚していくが、
それさえ気にならない程、ゲイナーは深く浅いその巧妙な口づけに溺れていく。
闇の中。ベッドに腰掛けたゲインの膝の上に、抱きかかえられるような格好で座らされ、
肌が触れる度ぞくぞくと背筋を嘗め上げていく、痺れを伴う快感と戦いながら男の舌を口内で感じた。
ふと、悪戯を仕掛けるように、絡み合っていた舌を突然ゲインが引き抜き離れたかと思うと、
ぼんやりしているゲイナーの、無防備な舌先に緩く噛みつく。じわりとそこに広がる甘く鈍い痛み。
「……!」
予測外の刺激に、細い身体がびくりと揺れた。
一瞬息を詰めた後、
「な…っ」
呆然と自分の穿いているハーフパンツを凝視する。
あり得ない。こんな事で達ってしまうなんて。
それに気づいたのだろう、ゲインの肩が小刻みに震えている。
暗くてよく見えないけれど、笑っている。絶対。
「キスでイくなよー」
「す…好きでイったんじゃないですよ!」
なんだか物凄く下世話な会話をしているような気がするが、一回達しても熱は収まらず、
逆に貪欲になっていくような、そんなどうしようもない身体を持て余し、ゲイナーは本気で混乱した。
「ど…っどうすればいいんですかこれ…」
泣きつく相手があのゲイン、という所からしてまず間違っていると思うのだが、
こんな馬鹿馬鹿しい事を、面と向かって云えるのは彼ぐらいしか居ないのだから仕方がない。
しかしゲインは先程の笑いの発作が未だ続いているらしく、俯いたままで身体を小さく震わせていた。
「ゲイン…!」
「あーすまん。うん、まあそう深刻になるなって」
「これが深刻にならなくて…っ」
云い返そうと開いた口は再び絶妙なタイミングで塞がれる。
時間を掛けてじっくりと。
何度も角度を変えられるキスで、頼り無い程ずるずると身体から余分な力が抜けていくのを見計らい、
ゲインの右手がハーフパンツと下着を脱がしていく。シーツにはゲイナーが放った体液がとろりと染みを作っていった。
しかし途中で面倒になったのか、ふくらはぎの部分まで降ろした後、目的を変えた右手は白い太股をゆるりと撫でる。
「……ふ…っ」
「ここも感じるのか?」
何がそんなに可笑しいのか、唇を離して問いかけるゲインは、弱々しく眉を寄せるゲイナーの顔をのぞき込む。
「……だ…って…」
仄かに笑みの形を作ったまま、鎖骨の窪みに舌を這わされて、素直にぴくんと顎が上がってしまう。
「…っ、ん、……や」
ゲインの首へ無意識に廻していた手を何とか外し、腕を突っ張って形だけの抵抗を試みるが、
その腕を難なく掴まれ熱い舌がぴちゃりと指の又を濡らす度に、強烈な快感が襲ってきてそれどころではなくなる。
「……っ…や、め……」
身体を捻ると、それを苛むように持ち主同様意地の悪い指先が、Tシャツの上からそこを緩く押し潰した。
「…!ふゃ、っあ、…ぁ」
元々敏感なそこは薬の所為で更に弱くなっているのか、それだけでゲイナーは二度目の射精を迎えてしまう。
突っ張った足の指先からゆるゆると力が抜ける頃、白濁とした液はゲインの服を濡らしていった。
「あ…っ」
それに気づいて慌てて拭くものを探したが、身体が自分のものとは思えない程怠くて動けない。
呆然と膝の上で途方に暮れていると、またもゲインのくぐもった笑い声が耳許すぐ近くで聴こえてくる。
「な…っなにが可笑しいんですか…!」
「いや、無茶苦茶感じるなあと思って」
「…!」
明らかに今の状況を心底楽しんでいる発言である。しかも傍観者的立場で楽しんでいる。
自分だって望んでこんなもの、飲んだ訳じゃないのに。その云い草はいくらなんでもあんまりだと思う。
「…いいですよ、もう、いいです。やめます」
この男に救いを求めた自分が馬鹿だったのだ。
笑われた恥ずかしさが怒りとなって、ゲイナーの中でふつふつとゲインに対する憎しみが増してくる。
怠い身体を何とか自力で立て直して男から離れようとした途端、急に腕を引っ張られ再び体勢が崩れた。
先程よりも密着した身体。顎がゲインの肩にぶつかり、驚いて振り返ろうとしたが、突然自身を握られ無防備な声が口から漏れた。
「…っあ…!や…、っ」
肩ごしでゲインの顔は見えない。
ゲイナーは必死で声を殺すが、指が絡み、擦り上げられる度に自分の意と反する声が出てしまう。
「ちょ…っ、や、も、いいっ…ていっ……んぅ…っ」
「このまま放り出す程俺は紳士じゃないんでね」
達したばかりだというのに、ひくりと勃ち上がりかけたそれは、先端を握り込まれるだけで従順に形を顕す。
弄ぶように中心を、そして艶のある低音に耳を犯され、その壮絶な快楽に負けたゲイナーが泣きながら前を濡らした。
「ひ……っ、ぅ」
もう嫌だ。
こんな身体要らない。
けれどすぐに本能が理性を上回って頭の中に甘い霞が掛かっていく。
荒い呼吸を繰り返し、ぐったりと力の抜けたゲイナーの汗ばんだ身体を抱え直すと、
ゲインはその頼りない少年の両腕を首に廻し、ベッドの上に膝立ちの格好で自分の脚の間を跨がせるように座らせる。
掌についた白い粘液の助けを借りながらゆっくりと指を奥へ侵入させていくと、快楽に蝕まれた身体は健気にひくりと反応した。
「…ん…っ」
構わずじわじわとそこを侵略していけば、首筋近くで泣きそうな声が聴こえた。懸命に耐えた喘ぎ声のなりそこないなのだろう。
一本、ニ本と指の数を増やし、違和感を慣らしてやりながら、感じ易い処を中心に指の腹でいつもより熱を持った内壁を擦り上げる。
「ゲイン、さ…」
ぎゅう、と首に廻った腕の力が強くなり、呼ばれた方にゲインが視線を向けると、
上気した頬、ぼんやりと涙で滲ませたゲイナーの瞳とぶつかった。焦点すら危うい。
もう、
と。
悔しそうに、泣きそうに小さく呟いたその言葉は、普段なら絶対聞けない類のもので。
余り虐めても可哀想なので、奥をまさぐっていた数本の指をそろりと引き抜くと、そのままゲインは自分のベルトに手を伸ばす。
多少きつくなっていたズボンの前を寛げ、熱と硬さを保ったそれを引きずり出すと、自分にかじりついているゲイナーの上体をゆっくりと剥がした。
「…ぁ……」
ぬる、とそこにあたる感触が、混濁していたゲイナーの意識を次第にはっきりとさせていく。
身体が、それを覚えているのだ。
「自分で、入れてみろ」
それを見越していたかのように、ゲインのとんでもない言葉が降ってきた。
「や、やですよ…!」
「出来るだろう?」
「出来ない…っ」
「出来る」
逃げようと捻った腰に手を添えられ、ぐ、と落とすと指で拡げられたそこへ半ば無理矢理押しつける。
「…い、ぁ…っ」
ズ、と割り入ってくる熱い塊。自分の体重がプラスされた所為もあり、それは敏感な奥を、深く抉っていく。
「や…、あ……っ…く…」
瞬間、なけなしの理性で立てていた両膝がシーツの上であっけなく崩れた。
信じられない。頭の中、脳味噌ごと揺り動かされるような、そんな衝撃。
「…ん…っ……、」
いつもゲインが入ってくる時訪れる強烈な異物感や痛みが、うっすらと快感のオブラードに包まれている感じがする。
皮膚の下一枚、痛覚が麻痺しているような、そんな。
「ふ、あ…っ、ぁ…やだ、…や…っ」
覚束無い言葉を漏らしながら、もう数える気も起きない射精にきゅう、と奥が収縮する。
ゲインのものを受け入れた、ただそれだけで達してしまう、その屈辱感にいっそ死にたくなった。
「…ふっ」
「……?」
ゆるゆると顔を上げると、正面に見えるゲインが眉を寄せてくつくつと笑っている。
またか、と怒りで一気に顔が熱くなった。この男の笑いのツボは絶対何処かおかしいと思う。
「ゲイン…っ!」
「だってお前、それは感じ過ぎだろう。まだ入れただけだぞ」
「だから好きでこんな……っ、…んっ」
叱責の言葉だったそれは濡れた声となり、ゲイナーの口から零れ落ちる。
入れたままゲインが笑っている為、彼の腹筋の引き攣れる動きが、中で直接ゲイナーにもたまらない振動となって襲うのだ。
「どうした?」
「…し…っ、しゃべらな…っで…」
ゲインからもたらされるあらゆる全てが快感になる。
これは物凄く怖い事だと思う。
ゲインしか要らない。ゲインだけが、欲しい。
甘い熱に冒された身体は、思考すら爛れたものに変えていく。
「も…やだ……っ」
感じ過ぎる身体が。
ひたすらこの男を求める身体が。
それは理性の完全降伏を示す言葉だった。
それを聞いて、ようやくゲインがゆっくりと動きを再開させた。
細い腰をしっかりと掴んで、ぐ、と突き上げてはずるりと途中まで引き抜く。
その緩慢な動作に耐えられなくなったゲイナーが、縋るようにその首にしがみつく。
「…っ、ん、…んぁ…あ…っ」
繰り返される抽挿、振動を与えられる度唇から滑り落ちる嬌声。
意識が飛びかける度に深い口づけで無理矢理現実に引き戻された。
そうしてあの、中に迸った熱い体液が内股に伝う感触にゲインが達した事を悟ると、
ゲイナーは一欠片だけ残っていた意識を、ゆっくりと手放す。閉じかけの瞼に映った深緑が、やけに鮮明だった。
冷蔵庫から水の入ったボトルを取り出し、それで喉を潤しながら寝室へと戻ったゲインが、
未だくしゃくしゃのシーツの上でぐったりと俯せで眠り込んでいるゲイナーの頭にこつん、とボトルの角をあてる。
三秒程してもぞり、と右手の指先が微かに動いた。
「おい、ゲイナー」
「……………な……に……」
地を這うような掠れたそれは、先程声を出し過ぎたからだろう。
いつもなら何が何でも声を上げないゲイナーだったが、薬で理性がふっ飛んでいた所為か今日はその辺はとても素直だった。
「水分取っとけ。後がきついぞ」
ともあれ、いつもより身体が受けているダメージは遙かに大きいと思う。
何度も射精した挙げ句、最後の方にはそれすら出なくなって泣かれる程までには彼を抱いたのだから。
「…………………う」
「ゲイナー」
ゲインは近づいて何度も呼びかけるが、枕に顔を押しつけた少年からの応答は無い。
情事の後の心地良い怠さを伴った男の身体は、実は今にも眠りに落ちそうな程疲れている。
よく考えれば仮眠室の堅く冷たい簡易ベッドで寝るのが嫌でこちらで眠ろうと思っていたのに、予定が大幅に狂ってしまった。
まあ、面白いものが見られたからいいけれど。
「…ここに置いておくから飲めよ」
諦めてベッドサイドにことりとそれを置き、ゲインは一度大きく背筋を伸ばしてあくびをする。
ゲイナーの身体を覆っている、新しく持ってきた掛け布を軽く持ち上げた途端、
眠気が急激に強くなり、身体は正直だな、などと妙なところで感心したりした。
その時。
ゲインの手の甲に、掛け布の中から伸びてきた一回り小さな手がそろりと乗せられた。
「…?」
手の主を見ると、枕に顔を埋めていた筈のゲイナーの、眠そうな薄茶の瞳がぼんやりと枕の端から覗いている。
そのままゆっくりと無言で上体を起こした彼は、自分の手を乗せていたゲインの手を拙い仕種でぎゅ、と握った。
明らかになんだか様子がおかしい。
困惑するような、熱っぽい表情。途端、ゲインの頭の中に一抹の不安がよぎる。
もし、まだ薬の効果が切れていないのだとしたら。
無意識に、息を呑んだ。
「おい…ゲイナー…」
返事の代わりに両腕がするりと首に廻ったかと思うと、潤んだ瞳でじろりと睨みつけられる。
まさか。
■dead end ?■
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zaiです。大好きなのに云わないと分からない。zaiですよ。
ゲイナーの飲んだ薬は遅効性なので効果が切れるのも遅い、と。