03.



数える事も放棄した、何度めかの寝返りをうつ真夜中。
昂揚感を伴った右手と左手が、冷たい布団の中で鈍く疼く。
身体はひどく疲れているのに、ささくれだった神経が邪魔をして、上手く眠気を掴めない。

違う。
眠れないのは。

俯せていた身体をのろりと起こして、半壊し、応急処置を施した窓の方を恨めしげに眺めた。
青いビニールシートが微かにたなびく度、風に乗って聞こえてくる喧噪、きらびやかな光。
エクソダスが始まってから、気がつけばもう十日余りが過ぎていたらしい。
元々そんなに月日に頓着しない質だったが、これを機により一層どうでも良くなった。
そんな自分の鬱屈した精神状態なんてお構いなしで、ピープル達の手によって今度は新年を迎える祭りが行われている。

 「…呑気なもんだよ」

ユニット全体が賑やかなのはいい事だ、活気がつく。
などと喜ぶのはエクソダス推進派の連中達だけであって。
はっきりいって自分はこの年の瀬の落ち着かない雰囲気が大嫌いだった。勿論エクソダスも。
敷きっぱなしの布団から這い出して、傍に置いてあった眼鏡に手を伸ばす。
いつ呼び出しが掛かるか分からないから、と服のまま眠る事も随分と慣れてきているのが癪だった。
結局今日は一睡も出来なかったけれど。
引っ掛ける上着を探したが手ごろな物が見つからず、渋々ガウリ隊で支給された制服のコートを代わりに羽織った。
別に自分はガウリ隊に入った訳じゃないのに、と、未だ往生際の悪い云い訳を心の奥で誰ともなしに吐き出して。
無意識に壁の時計へ視線を彷徨わせると、いつの間にか年が明けてからもう数時間経っていた。
とはいえ別にこれといって何の感慨も湧いてこない。
そんな自分の気持ちと反比例して祭りはこれからもっと盛り上がるのだろう。
音と光の渦が、遠く離れたこの居住ユニットの外れにまで届いているのだから、ここに居ても眠れないのは火を見るよりも明らかだ。
それなら。
ガタンと扉に手を掛け、頭の中で数少ない行き先を絞り込んで、ぼんやりと外の明かりを映し込む部屋を後にした。



真夜中だというにも関わらず、尋常ではない人の多さに辟易しながら、目的地へと足を進める。
途中何度も誰かの肩や腕にぶつかったが、俯いたまま何も云わずにやり過ごした。
この明るく眩しい雰囲気の中何か行動を起こす事がひどく面倒くさかったのだ。
冬至の祭りの時も思った。
何故みんなこうして「変わる事」を手放しに喜べるのだろう。
無理矢理ユニットごと動き出したエクソダスは、反対派もろとも外の世界へ連れ出すという荒業でもあった。
今は混乱と歓喜の方が勝っているが、いずれ不満を持った人々によって、ユニットの中で内部分裂や紛争が起こる可能性が高い。
無茶苦茶だ。
それすらも見越してやっているというのだろうか、あの流れ者の請負人は。

…エクソダスを。

嫌な言葉に喚起され頭の片隅で蘇った人物の顔は、自信たっぷりの笑みを浮かべていて。
なんだかすごく腹立たしくなってしまい、さっさとそれを消去する。
先頭を走る一号ユニットの方向へ進むにつれ、次第に人がまばらになっていくのを確認しながら、足を早めた。
たまにガウリ隊の隊員達とすれ違ったが、祭りの警備や外の警護で忙しいのか、誰も何も云わずに通り過ぎていく。
連絡が無いところをみると、サラも何処かに駆り出されているのかもしれない。
喧噪からぽっかりと外れた建物。
あらかじめ貰っていた鍵をそこに差し込んだが、手ごたえの無さに少し驚き、
不審に思いながらゆっくり取っ手を捻ると、予測した通り難なくデッキへと続く扉が開いた。
誰か先客が居るのだろうかと、何となく足音を忍ばせて中に入ったが、
薄暗い照明は点けられているものの、人の気配を感じ取る事が出来なかった。
不用心にも程があると思う。呆れつつ、先へと進む。
灰色の冷たい床を数歩進んでその先、顔を上げると白金色のオーバーマンが恭しく佇んでいた。

 「キング、ゲイナー」

小声で呟いたつもりだったのに、自分の声が誰も居ない広いデッキ内に大げさに響く。
なんだか妙な気恥ずかしさに見舞われたが、気を取り直して大きな機体に一歩ずつ近づいた。
熱を持つ掌、指先がひやりとした外装に触れ、その心地よさに息をつく。
あの時からずっと、蟠っていた。篭もっていた、熱。
天井でヤッサバのオーバーマンと対峙した時に、雨のように降ってくる弾丸を避けた時に、
戦闘が終わって、ゲインに言葉を掛けられた時に、
自分の中に生まれた熱。

 「…あの時は夢中で、あんまり覚えてないんだ」

整備が終わったのか、丁寧に磨かれ艶の出た外装に触れながらぽつりと呟くと、反響してぼやけた自分の声が耳に染みた。

ただ夢中で。
スピードの中に埋もれながら。

 「…だからこの熱が何なのか、分からない。けど」

掌を拳に変えて強く握ると、じわりと体温が内に拡がっていく。
分かるのは、あの時手に入れた達成感と爽快感がゲームより何十倍も強烈だった事。

 「………僕は、」

相手は生身の人なのに。
これはリアルな戦闘なのに。
自分だって傷つくかもしれないのに。

 「………僕は、強いのかな」

心の奥ではずっとこんなスリルを。
待ち望んでいたのかもしれない、という確信。
ゲームの中だけじゃなく、現実でも。

キングになりたい?

 「…」

思わず顔を上げる。
この思考はなんだか、最初に出逢ったあの時、
食って掛かった自分に対しあの男が云っていた事に、似ている。
と云うより、そのままではないだろうか。
まさか。そんな筈。



ガシャン!



 「うわあぁ!」

突然背後から襲った物音に全身が変な具合に強張った。
無意識にキングゲイナーの脚部分にしがみつきながら振り返ると、
何処から現れたのか、湯気の出ている紙コップ片手の請負人が少し離れた処で物珍しそうにこちらを見ていた。

 「珍しいとこに珍しい客だな。何やってるんだ?」
 「そ…っそれはこっちの台詞です!あんたこそ何で…」

よりにもよってなんでこの男に遭遇するんだ。
自分の頭の回想シーンだけで十分間に合っているのに。

 「俺は奥で銃の手入れをしてたんだ、よ…っと」

大股で床に散らばる工具や資材を跨ぎながらゲインが近づいてくる。比例するよう自然に自分の身体が後ずさる。

 「整備するなら日のある内にやっておけ」
 「…別にそういうつもりで来た訳じゃないですよ」
 「まぁ、お前が居なくてもコナ達が完璧に仕上げてくれるからな」

そのからかうような刺のある云い方にジロリと視線を上げると、
相変わらず人を食ったような顔でにやりと笑われた。
こういう余裕たっぷりの表情が、好きになれない。

 「祭りには行かないのかい?」

気がついたらいつの間にか正面やや横に立たれていて、心中ぎくりと身体が固まる。
この男は人の進路を絶つのが上手い。動きに何ひとつ無駄が無いのだ。素人の自分でさえ分かる程。
けれど動く度、話す度にコーヒーの苦い香りがふわりと漂い、無意識に強張っていた全身から力が抜けてしまう。

 「興味無いですから」

人混みも喧噪も。

 「若い内から枯れてるなァ。もっと今を楽しめよ」
 「エクソダスしていなかった『今』なら、それなりに楽しんでたでしょうけどね」

ちらりとこちらに落ちる視線を感じながら、けれどそれを無視して床を見つめたまま、続けた。
なんだか聞き分けの無い子どもが八つ当たりしているみたいな気が、しないでもなかったけれど。

 「分からないんですよ。なんでみんなこんなバカみたいに騒げるのか。
 エクソダスなんて結局領主もシベ鉄も中央も敵にする背信行為なのに」

失敗する事が許されない。成功するしか生き残れない。そしてその成功率だって低いのに。

 「その為に、沢山犠牲だって払ったのに。まるで無かった事のように呑気に祭りだなんて…僕には理解出来ない」
 「理解出来ない?そうかな」

不思議そうに云う、ゲインのいつもよりトーンの高い声にのろのろと顔を上げると、
腕組みしたまま器用に紙コップを持ち、少しだけ眉をひょいと器用につり上げた顔とぶつかった。

 「もうお前は分かってると思うが」
 「分かって、って…どういう」
 「エクソダスの本当の意味をさ。いや、オーバーマンに乗って戦う意味、かな?」

突然、心臓が大きく鳴った。
掌の熱が思い出したようにその感触を反芻する。
返す言葉を頭の中で慌てて探すが気のきいたものは全然思い浮かばず、結局黙って男から与えられる次の言葉を待つ。
ゲインはそれを見越しているのか、ゆっくりと勿体ぶるように紙コップの中のコーヒーを啜り、微かに眉を顰めた。

 「…そうだ。ゲイナー、お前暇か?」

けれど期待した答えは全く別のもので、余りの拍子抜け感に何も云えずにいると、
暇なんだなと勝手に納得された挙げ句、腕を掴まれぐいっと引っ張られた。

 「ちょ…っな、何するんですか!」
 「イイとこに連れてってやるよ」
 「はあ?!」

振り払おうとしてもその太い腕はびくともしない。
コート越しでも伝わる他人の肌の感触に首筋が嫌悪感でむず痒くなりながら、逃げ出す事も出来ず必死で耐える。
だから。なんで。
よりにもよってこの男と遭遇してしまったんだろう。
本当に、どうしようもないと分かっていながらも、改めて自分の不運を呪わずにはいられなかった。



連れられた先はイイ処でも如何わしい処でも何でも無く。
デッキを抜けてすぐ、バッハクロンと繋がる外の甲板部分だった。
固く重い扉を開き足を外へ踏み入れた途端、細かい雪の混じった強い冷風が前髪をさらっていく。

 「いい場所だろう」
 「寒いです。もう帰ります」

さっさと引き返そうとした途端、襟首を掴まれて背筋が凍った。

 「…っ!」
 「そう云わずもう少し。後5分だけ待ってろって」

唐突に触られた衝撃で振り向く事も出来ない自分の傍で、ゲインが風を避けるように立つ。
目の端に入ってくる、彼の白いコートが風をはらんでたなびく姿は、確かに格好いいとは思う。憎らしいが、様になっている。
そんな事を低空飛行気味の頭で考えていると、薄暗がりの中、重なり合う雲の遙か遠くでぼんやりと何か小さな光が見えた。

 「……?」

視界を雪で阻まれながら、それでも目をこらしてそれを追う。
とはいえレンズに雪混じりの水滴がついてしまって余り見えないけれど。
小さかった光は地平線上に帯のように拡がり、みるみるその形を顕していく。

 「……わ」

太陽だった。

 「朝日が拝める絶好のポイントなんだよ、ここ。たまに来る」

昇ってくる太陽に、息を呑んだまま黙り込んでしまった自分を肩越しに見下ろしているのか、
ゲインはコートの襟を少し引き寄せ言葉を続ける。吐く息は白く散るように風に溶けていった。

 「こうして一日が始まるのを見るのが、俺は好きなんだ」
 「…どうして?」
 「だって変わっていく様が良く見えるじゃないか。昨日は一昨日とは違うし、今日も昨日とは違う」

白い太陽の光は少しずつ色を濃くしてゆっくり、ゆっくりと地平線上を照らしていく。
夜更かしや徹夜はしょっちゅうだが、こうして改めて日の出を見るのは初めてだった。

 「変わる事を恐れるなよ、ゲイナー」

ぶつかるように飛んでくる白い欠片が視界を汚した。眼鏡を拭くふりをして俯いた。
今、自分の表情を気取られる事が、一番怖かった。

 「さっき云った事、俺は本気で思ってるぞ。お前はもう知ってる。エクソダスの意味と、戦う意味を…ヤッサバと戦った事でな」

大分成長したからな。と穏やかな声がして、唐突に頭の上に掌が降ってきた。
びくりと身体は反応したけれど、何故か強い拒絶感は起きなかった。

 「……分かりませんよそんなの」
 「分からないふりをしてるだけだろ」

その言葉に思わず顔を上げた途端、髪の毛をくしゃくしゃと撫で廻される。
予想もしない先手を取られて呆然としていると、緩く弧を描いていた蒼緑の瞳が、ふっと真顔に戻った。

 「俺を失望させるなよ」
 「…」

そんな事云われる筋合いは無い、筈なのに。
大きな掌の幼稚な悪戯を避けようと身体を動かしたら、それより先にゲインが手を止め、
もう片方に持っていた紙コップのコーヒーの残りをこくりと飲み干した。

 「折角譲ってやったオーバーマンなんだ。俺以上に使いこなしてみろ」

振り返ってすれ違う時コン、と肩に空になったコップを置かれて、慌ててぐらつくそれをキャッチする。
バッハクロンの中へと続く扉が開くと、そこから流れ出した暖気が顔にふわりとあたった。
先に戻ったゲインの声が、早く来ないと凍えるぞ、と遠くでせき立てる。ここへ連れてきた張本人のクセに。
空になった白い紙コップを握りしめながら、もう一度だけ、空を見た。刻一刻と変わっていく朝の景色。白い光。

 「変わる事、」

無意識に避けていた事。
いつの間にか自分の中で凍りついていたそれを、あの時生まれた熱が溶かしてくれるような。
そんな錯覚に、少しだけ胸が温かくなった。

無意識に両掌で、ぐっと拳を作る。
手の中にあった紙コップが、くしゃりと乾いた音を立てて形を変えた。



■end■

は 初日の出デート…?にしては初々しく。
対ヤッサバ戦の後。強さを自覚するゲイナー。