19.



好きな子の事でも考えてろ。

と、ゲインは云う。

 「………っ、ぁ、…ちょ……っ」

でもこんな所でこんな事をしている時に、それは考えるべきでは無いと。

 「…ん……っ」

朦朧とした頭で、思う。



仰せつかった在庫のチェックは結局やり残したままで、気がつけば寒々しい倉庫の中で抱き合っていた。
今にして思えば、最初からキスだけで終わる気なんて、さらさらなかったのだろう。
薄暗闇に切り取られた空間で、埃臭さを感じながらそれでも誘いを拒めなかった。
最初、じゃれるように仕掛けられた口づけは、次第にリアルなものへと変わっていく。
唇に、啄むように軽く歯を立てられたかと思えば、次の瞬間にはぬるりと中の歯列をなぞられた。
器用に搦められていく舌の温度は、ひどく熱い。

 「…っ、誰か来たら……」

気を紛らわせるように遙か遠く、ここからは見えない出入口付近に視線を彷徨わせる。
ただでさえユニットの外れに位置する倉庫だし、自分達が居るのは更に奥まった場所だから滅多な事では見つからないだろうけど。
そんな上辺だけの苦情に返事をする気も無いのか、手袋を外したゲインの、僅かに湿気を含んだ掌が直接肌を這い廻っていく。
慣れた手つきで弱い部分を一方的にいじられ、びく、と肩を震わせれば背後から耳朶を緩く噛まれた。
性急なその行為は単に時間が限られているからか、それともこの特殊な状況の所為なのか分からない。
けれど伝うゲインの掌が、そして触れられる箇所がいつも以上に熱を持っている気がして、甘い息苦しさを覚えた。

達く事を許されず、放置したまま奥をまさぐられ、その感触に不覚にも喉が鳴る。
ずり降ろされて足首に絡まったズボンと下着が邪魔で、自由は効かない。尤も、もう逃げる気も起きなかったが。
互いの先走りの液だけでゆっくりと解されていくそこは、身体は、一度だって自分の意に沿った事なんて無かった。

どんなに抗って嫌がっても、どうしても。この舌に、指に、唇に勝てない。

粘ついた水音と共に中に在った指がゆるゆると引き抜かれる。
埋め込まれても違和感しか感じなかった筈なのに、失われた途端空虚を感じてしまっている自分がたまらなく恥ずかしかった。
老朽化し、今にも壊れそうな棚の上面に縋るように両手をついて、侵略される、その痛みに耐える。
そもそも同性のものを受け入れるという事に対し、反発が無い訳では無い。
反発、抵抗、嫌悪。
そんなものはいつだって自分の中に渦巻いている。
ただ冷静になって考えれば本気で頭がどうにかなりそうなので最近は考える事を放棄しているだけだ。
何の進展も望めない袋小路のような関係、深く考える方がバカバカしいとさえ思うようになった。
それくらいの図太さで自分はゲインに抱かれ、それくらいの気軽さで、ゲインは自分を抱く。

 「………っい、」

生理的な嫌悪感にふつふつと粟立っていく肌。
男に犯されているという事実。それがゲインだという現実。
よく考えれば最近こんな事ばかりしているような気がする。
そういえばゲームをする時間が以前よりも少しだけ減っただろうか。
良く無い事だと頭では十分承知しているが、バカになった身体はゲインの云う事しか聞かない。

 「力抜け」

短くそう告げられ、けれど実行する暇も無く突き入れられる。最悪だ。

 「……った、ぃ…」

力の入れ過ぎで白くなった指が虚しく棚の上を掻く。
隅にどかしてあった賞味期限切れの缶詰に、ひやりと掠る爪先。
男から与えられる重い律動。その度に埃が薄く舞って目の前がくすんだ。
そういえば眼鏡は何処に置いたのだろう。あの時ゲインに奪われて、それから。
輪郭のぼやけた視界でそんな事を思っていたら、手首を捕らえられ、背後から強く抱き込まれた。
ぐ、と深く腰を進められると同時に、荒い呼吸と鼓動が間近になる。
結局思考は拡散した。

 「……っ、は、」

喉が乾く。掠れる。
倉庫の一角にこもる互いの汗や、体液の匂い。そんなものにも大分慣れた。慣れてしまった。
打ちつけられる肌の境界線すら見失い、いつしか痛みは違うものへとすり替えられていく。
敏感になっている内部を浅く擦られ甘い目眩に視界がくらついた、その時だった。

ガタン。と。

遠くから聴こえた物音に、うっすらと神経がざわつく。
自分でさえ分かったのだから、聡いゲインならとっくに気づいている筈だ。

 「……で………のよ…」

倉庫の出入口付近から響いてくる、足音と話し声。
聴き慣れたそれに、一瞬、自分の中の全てが止まった。

 「……の辺にあるはずなんだけどなぁ」

サラ。

衝動的に腕を突っ張り逃げるように背中を反らせば、強引に抱き竦められる。
息すら出来ない程。

 「…ロー知らない?…知らないわよね。ここのチェック……イナーだもんね」

すずやかな声。
耳ではそれをしっかりと受け止めながら、身体はがちがちに固まったままだった。動けない。どうして。
ゲインは知っている。

 「……に、何処行ったのかしら…これじゃない…か」

ゲインは分かってる。

 「……はなし、て…」

吐息になって漏れた必死の言葉は、無慈悲にも顎を掴まれ捻るような体勢のキスで封じられた。
途端足許から急速に力が抜けていく。ゲインの腕が無かったら多分その場に崩れ落ちていたと思う。

 「………や」

だけど。
この腕も、身体も、体温も。
急激に汚らわしいものに感じて、全てを払い除けたくなって。
こんな事をしている自分が、どれだけ罪深いかを突然目の前につきつけられたみたいで、耐えられなかった。

 「黙ってろ」

崩壊していく思考の中、耳許近くで聴こえた嗄れた声。

 「…だ…って」
 「ここで騒いで気づかれたとして、どう申し開きするつもりだ?」
 「………っ」
 「出来ないなら黙ってろ」

返事をする暇すら与えられず、掌に緩く口を塞がれる。彼のそれからは湿った黒い油の匂いがした。
そのまま空いた方の手は前に伸びる。放っておかれたそこは包まれ、握り込まれてゆっくりと熱をはらんでいく。
こんな時にさえ反応してしまう男の性に、どうしようもなくみじめに、そして哀しくなった。

 「………、っふ」

その間にもカタカタ、と遠くから控えめに響いてくる、小さな物音。

もし。
気づかれたら。

意識がそちらに移る度、奥を抉られ泥沼のような快感につき落とされる。
まるで考えを見透かされているみたいで、すごく厭だった。

 「…やっぱり見つからない……後でゲイナーに訊いてみるわ……に…こ行ったのかしら」

諦めたのだろうか、どこか不服そうな声が倉庫内に小さく伝う。
それでもゲインは抱く手を緩めない。
まるでわざと自分に聴かせるよう粘膜の擦れる音を立てながら、ゆっくりと動きを再開させていく。

 「…いや……だ…」

だけど。
どうしても、酷い。と彼を詰る事は出来なかった。

だって。
この中で一番酷いのは。
サラへの想いを、ゲインとの行為を。



その両方を同時に裏切っている自分だからだ。



彼女を想って男に抱かれ、けれど抱かれる腕を突き離す勇気も無い。
この関係について考える事を放棄したのだって本当は、自分がそんな人間だと気づきたくなかったからだ。
肚をくくるなんて全然出来ない。
いつだって責任から逃げて、押しつけて。
そしてゲインは多分理解っている。見抜いてる。
それなのに、理解っていてなお、そんな自分を抱いている。

何が面白いのか理解なんて出来ないけれど。

次第に遠ざかっていく足音を聴きながら、前を擦られ達かされた。
強張っていた身体が力を失う瞬間、その隙をつくように、うなじに噛みつかれ、ひくっと喉が仰け反る。
まるで獣のような格好で。
好きな子の近くでこんな事をしているというその余りの罪悪感に、背筋が痺れる。

最低だ。すごく、感じた。



■end■

ぐだぐだ系。自分の好きなものばかり詰め込んでみた…。
己の保身の為にサラとゲインの両者を棄てるゲイナー、という、感じ?