「…それ、何とかならないんですか?」
夜半。
少年はぼんやりとテーブルに肘をついて。
正面で時間の狂った夕食をとっている男の顔を、心持ち嫌そうに眺めている。
「ん?」
男はというと、パンを片手に僅かに思案した後、自分に向けられている視線をたどってああ…と顎にもう一方の手で触れた。
久々に見るゲインは、ザラリと音がしそうな不精髭を顎にたくわえ帰ってきたのである。
「ご婦人方には好評だったんだがなぁ」
「人相、ますます悪くなってますよ」
そうかあ?と残ったパンの欠片を口に放り込んで、咀嚼。
口許にいつもと違うモノがある所為で、ゲイナーはなんとなくその動きから目を離せない。
「そもそも、何処行ってたんです?長い事姿が見えなかったと思えば突然フラリと戻ってきて」
彼は請負人なのだから、そういった類の仕事もあるのかもしれない。
心配、とかそういうものでは無いのだけれど、誰にも何も云わずに行方不明、だなんて何となく気味が悪かったのだ。
その質問を受けたゲインは、コーヒーの入ったマグカップを手に取りながら、少しだけ黙った後、
「子どもは知らなくていい」
ゆっくりと、そう告げた。
その、何処か突き放すような云い方に思わずカチンときて。
顔を上げると、疲れたように緩く笑っている請負人と、目が合った。
「行き先くらい教えてくれたって」
「教えてどうするんだ」
「僕はキングゲイナーのパイロットですよ?知る権利はある筈だ」
「そうかな。だからこそ知らなくていい事だってある」
会話を強制的に終了するように、ズ…とコーヒーを啜って、ゲインは両手でマグカップをゆったりと包み込む。
そのまま目を瞑って、黙り込んで。ここから先は何を訊かれても口にしない、そんな意志がはっきりと感じ取れた。
「…そ」
悔しいけれど男の云い分にも一理ある。とは思う。
反論しようと口を開きかけたが、結局適切な言葉は見つからない。
しかしどうにも収まりのつかないゲイナーは、ガタンと乱暴に椅子から立ち上がって、ゲインを睨みつけた。
「どうせ人に云えない事でもしてきたんでしょ。…もう寝ます」
捨て台詞紛いの言葉を投げつけて。
それでも何も云わないゲインに対し、憤然と背を向ける。
馬鹿馬鹿しい。自分から噛みついていって返り討ちに合うなんて。
なんだかやるせない気持ちで一杯になりながら、足を進めた。瞬間だった。
いきなり右肩に軽い衝撃が走り、身体が思い切り背後によろめく。
「…っ、な!」
一瞬何が起こったのか分からなかった。後ろから伸びる手に引き倒される恐怖。
「………っ」
しかし背中に転倒の衝撃は訪れる事無く、代わりにゲインの胸許あたりにぶつかった。
「ゲイン…!」
悪ふざけにも程がある。本気で驚いた自分が馬鹿みたいじゃないか。
「何を…」
「その通り。お子様にはとても云えない仕事をしてきたんだ。その所為で俺の心はひどく荒んでいてな」
唐突に、背後から囁かれる声。
顔が全く見えないから、本気なのか茶化しているのか判断出来ない。
もしかして、地雷を踏んだ?背中にぞくりと嫌な汗が伝う錯覚。分からない。けれど。
「慰めてくれるか?ゲイナー」
身体が強張る。低くて一段艶のある笑いを含んでいるけれど、この声は本気だ。
振り返って文句を云おうとした口は、斜め上から塞がれた。途端口内にコーヒーの苦みが拡がる。
必死で抵抗するが、いつの間にかゲインに抱き込まれた太い腕によってそれは簡単に封じられてしまった。
「…んっ、んんー!」
空気が欲しくて口を開けば待っていたかのように舌をねじ込まれる。
その際下唇や顎にあたる刺激に眉を寄せて、それが男の不精髭だと分かるまで更に時間がかかった。
「…っ……は…」
ずる、と力の抜けた指はすがるもの欲しさに男の首に廻る。
こんな急襲、反則だ。ゲイナーは朦朧と霞む頭で、そう思う。
「…ゃ…、っ」
乱暴にたくし上げられる寝間着代わりのTシャツ。
乾燥した熱い掌に肌をまさぐられて、無意識に首を振って身を捩った。
よく考えればここはキッチンではないか。
一瞬我に返ったゲイナーは、再び意識が引き摺られる前に何とかゲインの片手を阻止する事に成功した。
「ゲイ、ン…っ!ちょ…こんなとこ、で…やめて下さ………、いッ!」
シャツの中の掌を上手く撃退したものの、お返しとばかりに唇が柔らかな耳朶に落ちる。そのまま緩く甘噛みされて首が竦んだ。
「ふ…、ぁ」
「じゃあ、何処だったらいいんだ」
ゲインの腕の中から逃げるように手を伸ばせば指先にぶつかった椅子がガタ、と派手な音を立てる。
目の端に映った、位置のずれた椅子と、パン屑がぱらぱらと散らばっている汚れたテーブル。
頭の中は頼りない程非現実なのに、そのありふれた光景はひどく現実的で、なんだか不思議な気がした。
「…っ、」
「云わないとこのまま続けるぞ」
「い…!や、それだけは嫌です!ベッド!ベッド…!!」
恥を捨てて叫んだら耳許すぐ近くでゲインが思い切り吹き出した。
云えと云われたからその通りにしたのに笑われるのは心外である。
「積極的でいい事だな」
「そっ…そういうんじゃありません!…ってええ!」
云い終わる前にひょいっと抱き上げられ、意に反して変な声が口から出てしまう。
同じ男に軽々と俵持ちされてしまうのは自分でもどうかと思う。ゲイナーは改めてその体格差を呪った。
薄暗い寝室に連れていかれ、荷物のようにドサリとベッドの上に放り出されて。
眩む頭でそれでも体勢を整えようと起き上がりかけた身体は、のしかかってきたゲインの身体で再び沈む。
視界の脇にちらちらと入る、ベッドサイドを控えめに照らす不明瞭な照明が、気になる。
「ゲイン、…明かり」
「これくらい我慢しろ」
「嫌ですよ、消して下さい」
頼んではみたものの、明らかに聞いてくれそうになかったので、
自分から照明に向けて必死に伸ばした手は、けれどやはり…予想通りというか、男によって阻まれてしまった。
「ちょっと…!」
更にそのまま眼鏡まで奪われる。クリアだったゲインの輪郭が、急にぼわりと不完全になった。
「これなら見えないだろ」
「あんたは見えるじゃないですか!」
「俺はいいんだ」
「僕が嫌なんです!」
何を云っても噛みつかれる事を悟ったのか、ゲインが微かに苦笑しながら無理矢理口を塞ぐ。
「…っ」
何だか全てをうやむやにされてしまいそうな雰囲気に不安になるが、ゲイナーも少しだけ大人しくそれを受け入れた。
蕩けるような深い口づけは、まともな思考を端からゆるゆると呆気なく、そして容易く崩していく。
ゲインはそのまま器用にTシャツを剥がしていくのだが、何を思ったのか突然手首の部分でその動きを止めてしまった。
自然ゲイナーは両手を拘束される格好になってしまう。
「わ、ちょ…、何するんですか…っ」
その質問には答えず軽く少年の下唇にキスをすると、そのまま顎をペロリと舐め上げる。
「……っ?」
触れられてもいない首の後ろが、急にぞわっと総毛立った。
顎から首筋に這う舌の感触とは違う、刺激。
鎖骨辺りにちくちくと、ゲインの顎髭があたっているのだ。
「…い…!」
痛い、程ではないのだが、またその曖昧さ加減がたまらなく気持ち悪い。
細かくザリザリと肌に引っかかる感触は、同時に嫌悪感となって全身を徐々に巡っていく。
「い…や、だ……っ」
触れられる度、こんな感触がずっと続くのかと思うと衝動的に逃げ出したくなった。
けれどしっかりと組み敷かれ、両腕の自由も効かない今の現状から考えるに、逃亡の成功率は限りなく0に近い。
というか、絶望的だろう。
内面から冷えていく身体は実に正直で、ゲイナーの腕には薄く鳥肌が立っている。
「…や…っ」
本当に、自分に対する嫌がらせで生やしたとしか思えない。最悪だ。なんて奴だ。
男は構わず鎖骨から胸許へ、そしてじりじりと胸の突起へと舌を移動させると、ゆっくりとそこを愛撫しにかかった。
胸の甘噛みと同時に襲う、肌を擦るチリッとしたむず痒い痛み。
びくっ、と無意識に身体が竦む。生理的にその奇妙な感覚を拒絶しているのだ。
気持ちが悪い。
「…っ、…んっ」
筈、なのに。
顔を背けて枕に押しつけ、ゾクリと全身に拡散する浅く甘い感覚を逃がす。
仄かに明かりは灯っているし、両腕は拘束されているから顔は隠せなかった。けれどこんな表情、見られたくない、絶対。
ピチャ、とくぐもった水音がして、ゲインの舌が再び移動する。その度に髭が肌を緩く擦ってゲイナーの眉がきつく歪む。
「…っ…く」
男に異変を感づかれないよう必死で唇を噛んで声を殺していたのだが、
深緑の髪が下腹部まで降りた時、思わず息を詰め身体が強張ってしまった。
が、ゲインは不意にゲイナーの右太股を片手でぐいっと持ち上げる。
「わっ!ちょ…っ」
背中はベッドに押しつけられているものの、バランスを崩しかけ驚いて顔を上げれば、
不精髭が加わりますます悪人顔になっているゲインが、脚の間からこちらを眺めてにやりと笑っていた。
「なに笑ってるんですか…!」
「いや、別に?」
弾む息を抑えながら思った。物凄く、物凄く感じが悪い。
そのまま男は抱えた方の脚に唇を落とし、舌で内股をなぞり上げていく。
「…ん…!」
ぬる、と膝の裏から柔らかい内股へ、唾液で熱くぬめる舌で愛撫されて身体が震えた。更にそれを追うようにザラリとした刺激。
「い……っ、ゲインさ……」
「まだ何もしていないじゃないか」
「何も…って!」
これが“何もしていない”に入る訳無いだろう。
必死で顔を上げて抵抗を試みるが、ゲインは受け流して内股の敏感な部分を丹念に舐め上げていく。
「…っあ……」
そのまま片腕でズルリとハーフパンツを下着ごと引きずり降ろし、片脚を上げさせ難なく脱がしていった。
唐突に外気に晒されたそこは恥ずかしいくらい熱く、今まで積み重なった快感によってひくりと起ち上がりかけている。
「へえ…もうこんなになってるんだな」
「やめ…っ」
「何処を舐められるのが一番感じる?」
意地の悪いゲインの声が薄暗闇の中で響く。
答えずにいると、突然大きな手が伸びてきてゲイナーの中心に緩く指を添えた。
「…っ!」
もう片方の手で細い右脚を抱えながら、男は再び沈むようにそこに身体を落とす。
「脹脛?」
ぺろ、と脹脛に濡れた感触。
「膝裏?」
ぐ、と脚を持ち上げて今度は膝裏に舌を這わせていく。
「内股?」
熱い吐息、囁く唇がそこに落ちて、柔らかで生温い感触が内股をなぞった。
「…っあ、」
びくっ、としなる背中。何とかごまかそうとしたけれど、ゲインの瞳がこちらに向けられた。ような気がした。
限りなく厭な予感がゲイナーの脳裏によぎったが、時は既に遅く。
彼は舌で遠慮無く、執拗に内股の敏感なところを中心に責め始めていく。
熱く濡れた吐息。噛みつくようにキスされる度、口の周りの短い髭が薄い肌にあたった。
それが嫌で身を捩って拒絶する。そんな儚い抵抗などこの男にしてみれば意味の無いものだろうけど。
「や…っ、ゃだ…って、やめ…っ、」
馬鹿みたいに譫言のように口から紡ぐ否定の言葉は、その熱い舌の蠢きと後に続く鋭利な刺激によって意味の成さないものに変わる。
どうにもならなくて。たまらなくて。
疼くような快感に、思わず腰が浮いた。それを見逃さずに男は中心に添えていた指を根元から先端にかけ緩く扱いた。
その動きに素直に反応してそこから伝っていく透明な液が、褐色の掌を汚していく。
「…ッ、ぁ…っ」
皮膚を這い回る柔らかさ、瞬間内腿を尖った快感で撫でられて、華奢な身体が一際大きくびく、と揺れる。
視界が、滲んだ。
「…は……っ、…ぅ」
脚から手を離し、ゆっくりと顔を上げたゲインが、微かに片目を眇め口角を上げて笑っている。
荒い呼吸を繰り返し上下に揺れるゲイナーの胸や腹は、自分の放った白い体液でみっともなく濡れてしまっていた。
「随分感度がイイじゃないか、青少年」
「う…るさ……」
「舐めるだけでイかれるとは思わなかったな」
何故か楽しそうに云う。否、からかっているのだろう。腹の上に飛び散った白いものを指で撫でながら。
達したばかりでひどく敏感になっている身体は、ゲインの他愛ないその動きだけで簡単に反応を起こしてしまう。
「…っ、ん」
今何か云おうと口を開いてもきっと出るのは自分の意志とはまるで違う声だ。
かつての経験からそれを学んだゲイナーは、口を噤んだままジロリときつく男を睨みつける。
が、男にしてみれば、上気した頬と熱で潤んだ瞳で睨まれても全く迫力は無く、むしろ自分の中の嗜虐心を煽られるだけで。
ふと悪戯心に小さな火が灯り、彼の放った体液を指で掬って見せつけるように舐めてやると、常識をひっくり返されたような顔をされた。
いちいち反応が新鮮で面白過ぎて、ゲインは人知れず肩が震えてしまうのを必死で堪える。
「…そうだ、ついでにいい事教えてやるよ」
「い、いい事って…っわ!」
云い終わる前に、今度は彼の左脚を抱えるように掴み上げると、じたばたしている足の甲に優雅に唇を押しつけた。
「ちょ…っ」
足の甲から伝って親指、くちゅりと躊躇い無くゲインがそれを口に含む。
瞬間、腰から背筋にかけて鈍い快感がぞわぞわと駆け上っていくのを感じ、そんな自分に困惑した。
「い…っ嫌だ…!や!く、くすぐった………ふぁ…っ」
「ここも性感帯。覚えておくと為になるぞ」
足許の方で聴こえる、ゲインの呑気な声。何が為になる。だ。ふざけるな。ゲイナーは何とか足を外そうと暴れるのだが、
親指から口を離して、今度は中指と薬指の間に舌を差し込みちう、とそのまま吸い上げられ、思わず全身が強張ってしまう。
「ぁ…っ、ん、…く…」
温かな口内で、緩く歯を立てられて。
捩る身体の所為で白いシーツには幾重もの皺、そして汗や体液で染みが作られていった。
自身を、そして奥を侵されるのとはまた別の、間接的にクる、もどかしい快感に翻弄される。
「やっ…あ…やだ…っ」
拘束された両腕は、解こうともがけばもがく程まるで謀ったようにぎちりと手首を縛っていく。
逃げるように弱々しく頭を振って、懇願するような声が唾液と共に口から止めどなく漏れた。
足の指に絡みつく生温い舌と裏を擦るざらつく感触のむず痒さに、頭がおかしくなりそうだった。
「ぁ…っ、も……やめ…、おねが…っ……ゲイン…!」
感じ過ぎてぼろぼろの状態で何度目かの名を呼ぶと、ようやく解放する気になったのか、ゲインが脚を抱えたままでぐ、と顔を傍まで寄せてくる。
よく考えればそれは果てしなく乱暴な行為の筈なのに、頭の芯は強烈な刺激にぼんやりと痺れてしまっていて、文句のひとつも作成出来やしない。
「泣く程良かったのか?」
全く以てデリカシーの無い男である。
頬にパサリと軽くあたる、深緑の髪の毛に眉を顰めながら。
「泣いてません…よ…殴られたいんですか」
「勝てない喧嘩は売らない方がいいぞ」
けれど自分をあっさりと組み敷いたまま、悪人面で勝ち誇ったように笑われた。
こうしていてもどうしようもない違和感が生まれ出るのは、やはりこの髭の所為なのだろうか。
目の前のゲインがまるで別人の男のようで。上手く表現出来ないけれど、なんだか凄く、凄く厭な気分だった。
「〜〜〜…どいて下さい今すぐ」
「今どいてもいい事無いと思うがな」
ほら、と云いながら、不意をついて勃ちかけのそこを掌でやんわりと握ってくる。
突如襲った刺激で危うく達しそうになったが、男の意地と執念を総動員して必死に耐えきった。
「………っく」
「ま、そろそろゲイナー君の我慢も限界のようだし、悪戯はこの辺にしておくか」
「何…、を………」
あっさりとそんな言葉を吐いたものの、この男がここまできて離してくれるとは思えない。
ゲイナーの、思い切り不躾に向けられる不審な眼差しを受けて、ゲインは意味深に笑った。
「慰めてくれるんだろう?」
蒼碧の両眸に宿しているのは物騒な雰囲気。
「…だ…っ誰がそんな事……っ」
反射的にずり上がる身体を上からしっかりと押さえられ、逃げられないようベッドのシーツに縫いつけられて。
「人肌が恋しいんだよ」
「そ、そんなの…他の女の人にお願いしたらいいじゃないですか」
悔しいけれど、ゲインなら一声掛ければ寄ってくる女性が沢山居ると思う。
「それもいいんだがね」
ゲイナーの言葉に軽く片眉を上げて、ゲインが口許だけでそっと笑う。
「…っ、わ」
突然。
外れかかっていた脚を肩に抱え直され、余りの恥ずかしい体勢に我に返って身を捻れば、その隙をついて指が後ろの窪みに触れた。
先程交わしていた会話の最中にでも用意したのだろうか、ワセリンか何かでぬるりと濡れている、筋立ったゲインの人差し指は狭いそこを遠慮無く進入していく。
「うぁ…っ、あ、ちょ…やだ!」
生理的にくる嫌悪に耐えかねて、ゲイナーの喉がひくりと仰け反った。
しかし今、無闇に動けばその分厭な異物感が増す事を知っているので、下手に動けない。
そんな相手の葛藤を知っている男は、一本目が根元まで入った事を確認してから一度引き抜き、更に躊躇い無く二本目の指を差し入れた。
「…んぅ…っ、」
内壁をなぞられ、じわじわと拡げられて、息を呑めば中で蠢く指の感触に身体が情けない程震えて、どうしようもなかった。
不意にゲインが身体を前に落として、小刻みに浅い呼吸を繰り返すゲイナーの、白い腹部にキスを落とす。
「ひ、ぁ………っ!」
臍の周囲をゆるりと舐められ、同時にそれは半勃ちの中心を男の顎髭で擦られる事となり、予期せぬ事態に思わず妙な声が出てしまった。
「おっと、まだイくなよ」
笑みを含んだゲインの低音。緩慢に、出し入れされる数本の指。
内部でばらばらに動かされ、それは定期的に濁った水音を耳に響かせる。
「…あ…っ、…も……、…っ」
ここまでくるともう言葉なんて無意味で。
身体中がおかしくなる程目の前の男を求めていて。
それを知っているクセに、この男は嫌になる程意地悪で。
「もう?」
両手を拘束され、首に腕を廻せないもどかしさに単純に苛つく。
媚びる真似なんて死んでも出来ないから、結局泣きながら睨みつけてしまう。
ゲインもそれ以上焦らす気も無かったのだろう。
カチャリ、と意識の遠くでベルトのバックルを外す音を聴けば、奥まで侵していた指がずるりと引き抜かれ、代わりに熱いものがあてがわれた。
押しつけられる他人の熱。これから起こりうる出来事を頭の中で予想するより先に、本能的に身体が竦んで、思わず腰が引けた。一抹の恐怖感。
けれど。
「…っ」
ぐ、と。
脚を高く抱え直され、躊躇も無くそこを割り拡げられて、一瞬全ての機能が停止するような錯覚に見舞われる。
内奥から一気に広がる激痛に、歯を食いしばって息を詰めた。尋常では無い圧迫感が気持ち悪くて、頭がぐらぐらした。
ゲインが中に入ってくる。
この状態が、本当に堪らない。生々しくて猥雑で、厭らしくて生温い。
様々な感情が入り乱れては、頭の中で処理しきれずに消えていく。そして最後は「それ」を感じるだけの生き物に成り果てるのだ。
「………っ、た……痛…い……ばか…っ」
ようやく細々と息を吐き出せば、同時にこんな所業を行った男への悪態も声となってついてきた。
言葉と共にぼろぼろと零れる生理的な涙をゲインが唇で器用に掬い取っていく。
そんな時にすら頬にざらざらとあたる髭の感触がたまらなくて、無性に腹が立って、
なんとかそれから逃がれようとするのだが、場所が場所なのですぐに彼の唇に捕まってしまう。
「……ゃ…、やだ、も……ッ、や………だ…」
「逃げるなよ、ゲイナー」
艶たっぷりの、掠れた低音で囁かれて、どうしようもなく反応する。
戒めるように耳朶に噛みつくようなキスをされ、耳の奥に湿った熱い息を吹き込まれた。
「ん…っ、ふぁ……あ…っ、や…」
ゲインに内壁を擦られ、奥を抉られて。
同時に首筋の弱い部分を硬い毛で刺激され、腹筋がヒクリと引き攣る。そして腰が、揺れてしまう。
「………っ」
それとほぼ同時に内部を擦る熱さが、勢い良く奥まで入っていく。
直後、自分に襲いかかるであろう強烈な快感から逃げるように、ゲイナーはきつく目を閉じた。
男を受け入れて達する瞬間。
自分を見失うあの快感が、怖かった。
あの後も幾度か体勢を変えられ、何度も達かされては泣きながら果てた。
感じ過ぎて何も分からなくなる。頭の中も身体の中も全て、滅茶苦茶にされる。
獣のように従順に快楽を追い求めた代償なのか、全身が麻痺したように指一本動かなくて、自分と相手の境界線すら曖昧だった。
ただ、闇雲に繰り返される互いの荒い息遣いだけが唯一現実味を帯びている。
それだけ。
ズル…と自分の中から出ていく鈍い感触。
そこからじわりと漏れ出す男の体液の温かさに身体がひくりと反応して、意識がゆるゆると回復していく。
「…ゲイナー」
「…なん、ですか………もう、充分…慰めたと……思うんですけど…」
むしろ慰め過ぎてお釣りが来るくらいだ。
目は覚めたものの理性はまだ何処か壊れているのか、だらだらと思った事をそのまま声に出てしまっている。
良くないと分かってはいるのだが、口を閉ざすのも面倒だった。
「…そもそもあんたの性格じゃ、そんなの…必要ない、じゃないですか…」
半分眠りに落ちかけながら、ゲイナーは続ける。
良く考えれば、最初からおかしかったのだ。慰めて欲しいとか何とか云って、結局はこのザマじゃあないか。
なし崩しに崩れていった自分も相当間抜けだが、相手も相手だ。
いつの間にか解かれた両腕の拘束。握り過ぎて皺になってしまったシーツ。
それを申し訳程度に、力無く伸ばしていた手の甲に、湿気の含んだ大きな掌が重なる。
「そうでも無いさ。俺だって人並に落ち込んだりもする」
背筋に響く低い声と、振動。穏やかに告げるそれはやけに殊勝な物云いだった。
「そういう時、人間ってのは互いの肌で暖め合うのが一番効果的なんだよ」
「…今度からは他をあたって下さい…」
あっさり本音を吐き捨てると、小刻みの振動が背中に伝った。
ゲインが笑っている。声を殺していても、こんな至近距離だから丸分かりなのだ。
「だけどゲイナー」
「…だから……なに………」
息も絶え絶え返事をする、声を出すのもおっくうなのに。
「これはお気に召して頂けたようだが?」
だらりと泥のようにベッドへ沈んでいるゲイナーの背に軽く覆いかぶさったまま、男は云う。
「へ……?」
ザリ、と薄い背中にあたる感触。
「………な」
不精髭。
「すごく感じてたよなあ」
「………な…な…な」
「やっぱり当分、伸ばしたままにしておくか」
自分の背中の上、楽しそうにそんな事を述べるゲインの身体を押し退け、がばっと跳ね起きた。
瞬間声にならない程の痛みが身体の様々な場所で走ったが、そんな事を今気にしている場合ではない。
「あ…あ…あんた…知ってて…わ、分かってて…わざと…」
知っていたのだ。
あろう事かこの髭の感触に感じてしまっていた自分を。
知っていて、否知っていたからこそ弱い部分を確実に、執拗になぞって、続けて。ずっとあんな事を。
「何の事だい?」
笑いながらへろりと訊き返す人相の悪さ5割増しの男を前にして、ゲイナーは震える拳を投げつけた。
それは、情事の後に訪れる気怠さや艶っぽさ漂う雰囲気からとは全くかけ離れた、本気の右ストレートだった。
◆end◆
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勿論右ストレートは軽く受け止められてしまう訳で。
ゲインは舐め過ぎだと思う…これも不精髭の成せる技か。