叶うなら

       今、
       男の所有しているベッドの中で、
       その男の事を考えながら自らを慰めているという、
       そのとんでもない考えられない尋常じゃない事実を、

       自分を、この世から消したい。




       and that I am so in love.



 
       「……っ、は、」

       ヤーパンの天井が移動型ドームポリス・ポリチェフに着いてから、もう二週間が過ぎようとしている。
       到着したとはいえ、一時的によそのドームポリスに停泊させてもらうには、
       領地を管轄している公爵家の関係者達と色々交渉なり何なりが必要であるらしい。
       そういう煩わしい事を一手に引き受けるのも、エクソダス請負人ゲイン・ビジョウの仕事だ。
       しかし市場が主体の特殊なドームポリス故、移民達に対して寛容かと思っていた公爵家は、
       裏でロンドンIMAかシベリア鉄道の手が回っているのか、なかなかヤーパンの住民達を受け入れようとはしなかった。
       ゲインが単身ポリチェフに赴いてから二週間。
       報告待ちのガウリ隊やメカニック達は辛抱強く彼の帰りを待つ間に、ユニットの修復やシルエットエンジンのメンテナンス等に勤んでいる。
       そしてまた、特に良い事も悪い事も無く、ただ諾々と一日が過ぎていこうとしていた。

       何故こういう事態になっているのか、ゲイナーは正直、自分でも良く分からない。

        「……、っ」
       息を詰め、その行為の背徳感に瞳を伏せて。

       ゲインのベッド。
       を、借りている自分。

       アデットの来襲により自分の部屋から緊急に避難してきただけだし、ここに居るのは一時的なものだ。
       片方の手で、枕の端をたぐるように握りしめる。

       使い慣れた枕。
       に、染み付いた男の、そして情事の匂い。

       これが全ての原因なのだ。
       諸悪の根元っていうのか?快感で霞掛かった虚ろな脳で、そんな事を考える。
       もう片方は、じわじわと自分を追い詰めるべく、絡めた指先に力を込めて。

       もうどれくらい、逢っていないのだろう。

       そう、思った途端、急激に我に返った。…一体何を考えているんだ。
       羞恥心がどっと押し寄せるが、反応を示し始めた半身はより強い快楽を求め、
       それに応じるように指は緩急をつけながらそれを扱いていく。身体が理性を裏切る、瞬間。
        「…っ、ぁ、」
       自分の体液でぬめる指先。荒い呼吸は、耳許で聴こえるあの男のものと錯覚しそうになる。

       身体を這う、乾いた掌、熱を持つ唇、濡れた舌先。

       ゲインの匂い。

        「…っ、…ん…く」
       背筋に甘い衝動が駆け上る。膝が震える。

       もう駄目だ。
       こんなの絶対駄目だ。
       それなのに。
       理解って、いるのに。

       瞬間、爪先に力が入り、シーツは波を打つように深い皺を作る。
        「………っ、!」
       自分の放つ温かな液体で、濁々と汚れていく右手。
       無意識に、弛緩した身体をねっとりと這う快感に瞳を閉じて耐えようとしたが、
       暗闇である筈の瞼の裏には、達した瞬間に視界に拡がる、あの深緑が、何故か映って。

       直後。

       ゲイナーは、ベッドで掛布にくるまりながら、物凄い勢いで襲ってくる重たい後悔と戦い、苦しむ事になった。



       それもこれもみんなゲインの所為だ。



       そんな理不尽極まり無い事を、考えながら。



        「おや〜?珍しいじゃないか、ゲイナーがこっちに居るなんて」
       ふあ〜あ、と女性にあるまじき盛大な欠伸と共に、
       昼過ぎになりようやく起きたアデットが、寝所としているロフト部分からだるそうに顔を出す。
        「居ちゃ悪いですか。元々ここは僕の家です、よ…っ、と」
       彼女の視線の先。
       ゲイナーが、塞いではその度風で剥がれてしまう青いビニールシートと格闘しながら、
       無惨にもガラスが割られ風通しの良い張り出した窓に、乱暴にガムテープを貼って補修している。
       その背中からは、何時に無く不機嫌なオーラが漂っていた。
        「めったに帰って来ないクセにィ」
        「いえ、今日からこっちで寝ます」
       もうあの部屋に戻らない。
       あの、一人きりの行為の後、死ぬ程後悔した後に、決心した事。
       それを聞いたアデットは金色の長い髪をしなやかな身体に纏わせ、意外そうに首を傾げる。
       だらしなく組んだ両腕に顎を乗せながら、
        「へぇー。なんで?」
       不思議そうに尋ねれば、
        「なんでって、だからここは僕の家だって…」
       喰って掛かるように反論してくる。どうにもこの少年らしくない。まあ別にどうでもいいけど。
       寝心地のいい乾いたシーツの中で優雅に伸びをしつつ、再び欠伸混じりでゆっくりと口を開いた。
        「別にいいけどさァ、ゲインにはちゃーんと礼を云っときなよ。これまで世話になったんだから」
       バサバサバサッ
       足許に散らばるビニールシート。少し遅れてガコン、とゲイナーの手からガムテープが落ちる。
        「!?なんで…っ」
       面白いくらい過敏に反応を返してくれる17歳を楽し気に見下ろして、
        「甘いよ、青少年」
       ひらひらと緩く手を振った。

       詮索する程ヤボじゃアないけどね。

       そして彼女は途方に暮れる教え子を残し、二度寝を堪能すべくもそもそとシーツの中に潜っていったのだった。



       ゲインが戻ってきた、という知らせは、ここに居れば否が応でも耳に入ってくる。
       交渉も上手くいき、明日にでもガウリ隊はポリチェフの市場へ様々な部品の買い付けに行くらしい。
       ささやかな買い物を楽しむヤーパンの住民達も多いのか、ユニットの中には賑やかな雰囲気が伝わってきた。
       それがゲイナーを益々憂鬱にさせる。

       ゲインが戻ってきた。
       つまり何時、顔を合わすか分からない。
       …逢いたくない。すごく。

       そんな気分をまぎらわせる為、可能な限り自室に引き篭って延々ゲームを続けていたのだが、
       なんの気無しに時計へと視線を遣れば、何時の間にか日付が変更しており、急に空腹感に苛まれた。
       肩から掛けていた毛布をそっと剥ぎ取り、力無く立ち上がる。
        「ご飯、食べなきゃ…」
       配給のパン、まだ残っているだろうか。
       アデット先生の分は………あの人はポリチェフの酒場へ呑みに行くと云っていたからいいか。今日はもう帰ってこないかもしれない。
       長時間同じ姿勢で座っていた為、こってしまった両肩をほぐすように、腕をゆるゆると回しながら自室の扉を開ける。
       少しだけ、あの部屋がある居住ユニットの方角が気になったが、すぐに意識をこちらに戻した。

       なんなんだ。
       なんでこんなに、胸がざわざわするんだ。

       遅々と進んでいた足が、通路の真ん中で、止まってしまう。
       俯けばハラリと視界に入る前髪が煩わしくて、けれども指先を動かす事すらひどく面倒臭い。そんな自分を持て余す。



       逢いたくない。
       絶対逢いたくないのに。


       こつ。


       耳が捕らえた、近づく足音。
       背後に気配。そして、降ってくる優しく軽い振動。動けなかった。
       自分のものではない、誰かの掌が髪に落ちる感触。くしゃくしゃっと、髪の毛に触れる音。

        「よ、元気にしてたか?青少年」

       背後から聴こえる、少しだけ笑みを含んだ声に。

       振り仰いだ。
       途端心臓がおかしくなったんじゃないかと思うくらい、
       跳ねた。

       久しぶりに見たゲインは、いつものコート姿でそんな自分を不思議そうに見下ろしている。
       駄目だ。
       何か喋ろうとして、声が出なくて、結果ゲイナーが取った行動は、

        「って、おい!ゲイナー!?」

       自衛という名の、ゲインからの大脱走だった。



        「ちょっと!待てって…なんで逃げるんだ!」
       ユニットに響くゲインの声。
       大多数は眠っているのか、又はポリチェフに出かけているのか、
       いつもより人気が無くひっそりとしているとはいえ、とりあえず、ここは居住ユニットのど真ん中なのである。
        「だから!なんで追ってくるんですか…!」
       こんな夜更けに迷惑にも程があるだろう追いかけっこをするつもりなんて全くないし、したくもない。
       ただゲインから逃げたい。どんな顔すればいいか分からない。混乱する頭のまま、取りも直さずゲイナーは走った。
        「お前が逃げるからだろうが!待てって!」
        「い、や、で、す…!」
       元々住んでいた処だし、地理だって把握している。
       それなのに、何故か、あの男の部屋があるユニットに向かって走っている事に気づく。否、走らされているのか?
       相手はあのゲインだ。彼の脚力で自分に追いつかない筈は無い。
       つまり、やっぱり、
       (追いやられている…?)
       ああもう、考えがまとまらない。息が切れてお腹も痛い。夕食を取らなかった所為で明らかにエネルギーが足りない。
        「ゲイナー!待て!」
        「い、…いい、加減…っ、」
       諦めてほしい。
       息を継ぎながら必死で喋ろうとしたが、瞬間後ろから腕を取られそうになって、反射的に角度を変える。
       彷徨う視線は見慣れた外観、扉を捕え、どうにもならずにそこへ飛び込んだ。

       つまりは、ゲインの、住処に。

       鍵も閉まっていない不用心な扉を勢い良く開け放して、そのまま部屋の中へ、背後から名を呼ばれる声はだんだん近くなってきている。
       余裕の無い状況で選び取った逃げ場所は、内側から鍵を掛けられるこじんまりした洗面室だった。
       ゲイナーが扉を閉め鍵を掛ける、その直後どん、とゲインが扉を叩く音が聴こえた。同時に背中に伝わってくる強い振動。

        「開けろ、ゲイナー」
        「嫌、だ…って、ってるでしょ…」
       情けない程切らした息で応え、そのままずるずると冷たい扉の側面に背中を押しつけ、床に力無く座り込んだ。
       こういうのを、“袋のネズミ”っていうのかもしれない。気を落ち着かせる為、心底どうでもいい事に、思いを巡らせて。
        「お前な…とりあえずここは俺の部屋なんだぞ」
       ほとんどバッハクロンにある仮眠室で寝ているクセに。
        「あんたが…追いかけて、…くるからでしょう」
        「お前が逃げるからだろう。一体何の真似だ。新手の嫌がらせか?」
       声の雰囲気で分かる、ゲインは少しだけ怒っている。けれど、開ける訳にはいかない。
        「……それもこれも全部、あんたの所為じゃないか…」
       相手には聴こえない程の小さな声で悪態を吐いて、きつく目をつむる。
        「…とにかく、僕は今、あなたとは逢いたくないんです」
       そう。
       逢うわけにはいかないのだ。
       こんな混乱した頭のままで、強く高鳴る鼓動のままで。

        「俺は逢いたい」

       だってきっと。

        「お前に逢いたいんだ」

       きっと錯覚してしまう。

        「…、そんな、事、」
       自分でも驚くぐらい、全身から力が抜けた。
       引き結んだ唇を解き、絞り出した声は頼りなく震えて、それはひどく情けなかったけれど。
       離れて、居なくなって。ぽっかりと生まれた空間に、隣に、戸惑って。
       揺れた。沢山感情が揺れた。

       ノブが回る音。
       背中に触れている扉が、ギ、と鈍い音をたてて細く開く。スペアの鍵を使ったのだなと、ぼんやり頭の片隅で思った。
       背後から伸びる他人の腕。白いコート、手袋。外から戻ってきたままの格好なのか、袖の部分には僅かに雪が積もっている。

        「追いかけっこは俺の勝ちだな」
       声がしたかと思えば腕を引っ張られ、余りの強さに怯んだ身体は、すっぽりとその両腕の中に収まってしまっていた。
        「ちょ…っ、」
        「文句は後で聞く」
       言葉の最後は囁きに近く、そのまま唇が触れて、重なる。舐められて、割り入られた。
        「……っ、ん…」
       拒む両手は片手で器用に捕えられ、空いた手で顔を引き寄せ、髪を撫でられる。
       それらのあらゆる動作は限りなく乱暴で、けれど優しくて、胸の奥からせり上がってくる熱い感覚に、困惑した。

       悔しい。

        「ゃ、め…っ」
       互いの吐き出す息が熱い。拒絶の言葉は深い口づけでうやむやにされてしまう。

       悔しい。
       なんでこんなに。

        「……あんたと、」
       口内をまさぐられながら、それでも必死で声を出す。

       なんでこんなに、翻弄されてしまうんだろう。自分はいつからこんなに、弱くなってしまったんだろう。

        「あんたとなんか…出逢わなかったらよかったんだ…っ」
       叫んだ拍子に顎から頤に伝う唾液。
       どちらのものか知れないそれを、男が躊躇う事無く舌で舐め取っていく。
       そのざらついた感触さえ、仄かな快感となって身体の奥に火を灯していった。
       感情的な言葉を受け、至近距離から強く見据えるようにぶつけられたゲインの両眸には、
        「…なんだ少年、反抗期か?」
        「な…っ」
       けれどからかうような薄い笑みが滲んでいて、逆に自分の余裕の無さをひしひしと痛感させられる。
       抱き締められたまま衣服を乱されて、逃げようとしても力の差は歴然で。
        「俺と逢わない方が良かった?本当に?」
       肌を滑る掌。慣れた行為にこれから起こりうる展開に、浅ましい自分の本能が頭をもたげ始める。
        「あのまま、牢獄の中でシベ鉄に飼い慣らされて、何時出られるか分からない不安にずっと耐えて」
       胸の突起に指が引っかかり、予告無くそれを強く指の腹で押し潰され、短い悲鳴が口から漏れた。
        「お前はそうやって生きていけるのか?」
        「……い、…っ…」
       強い刺激が襲った後のそこを、今度は優しく、触れるか触れないかの距離を保ち愛撫される。
       たまらなくて、唇を噛んで。今にも崩れ落ちそうな震える両脚に必死で力を込めた。
        「俺と逢わないってのはそういう事だし、」
       それに。
       くちゅ、と首筋に舌、そして唇を押し付け、強く吸われる。チリッ、と肌をくすぐる痛みに首を竦める。

        「もう逢ってしまったから、手遅れだ」

       フツリと言葉を切ると、男は意味深な笑みを唇に引く。まるで全てを悟り、理解りきったような、そんな。
        「…あ、あんたのそういう所、大っ嫌いだ!」
       天井を仰いで、怒鳴った。なんだか無性に腹が立って。
       こんなに自分がゲインという男に振り回されているという事に。
       力任せに抱き締められて、息が上がった。苦しい。
       それでも抵抗だけは続ける。自分の非力な両手では、力強いその二本の腕を、解く事さえ出来ないけれど。
        「久々に顔を見たかと思えば逃げられるわ籠城されるわ…まぁ、相当な嫌われようだな」
        「だから嫌いだって云ってるじゃないですか!」
        「違うだろ」
        「…は?」
       狭く暗い空間に篭る、熱くて欲情した吐息と、濡れた音。
       会話の最中にもゲインの掌は止まる事無く弱い部分を撫で上げていく。
       その度に震えてしまう身体。自分の反応なんてとっくに知られてしまっているのだろう。
        「素直に寂しかったって云え」
       クスリ。喉の奥から響く低音が、耳朶をそっと伝った。
        「…そういう、物事を自分の都合のいい方に考える所も嫌いです」
        「職業病なんでね」

       本当はもう、二人とも余裕なんて無いのだ。

        「…ん、…っぅ」
       噛みつくように忙しなく求められる口づけ。
       多分もう、止まらない。止められない。
       あっけなく崩れた身体はその腕の中へ引きずられ、抱き止められて、気がつけば寝室に居た。
       薄暗くて柔らかなシーツの感触は、あの時の状況を如実に思い出させて、思わず身体が硬直する。
       が、そんな事を考える暇さえ与えられず、背後から抱き締められ、項にしっとりと口づけられて、その感覚に眩暈すら覚えてしまう。
       衣服を脱がす時間も惜しいのか、中途半端に脱がされた服やズボンは、腕や足首に絡まってゲイナーの動きを封じてしまっている。
       全裸になるよりこちらの方が羞恥心を煽られるのは何故だろうか。眼鏡を外され視界が朦朧としている事が、唯一の救いだけれど。
       ぬるり、と舌はそこを這って、執拗に、時間をかけて解していく。
       それがとても、意識がふっ飛びそうな程恥ずかしくて、枕に顔を埋めた。
       この状況もまるであの時と同じで、かつての記憶が蘇り、たまらず耳まで熱くなった。
        「…ぁ…、っ…」
       みっともない自分の喘ぎ声を、必死で押し殺して。筋立った長い指を、受け入れて。

       目をつむる。
       衝動に、耐える。

        「い……ッ、…」
       詰まった呼吸は、そろりと喉を撫でられ促された。

       苦しい。
       身体のそれでは無くて。
       胸の辺りがひどく苦しかった。

        「…ん、…っく、…ふゃ…」
        「いつもより、感じやすいな」
       微かに緩んだ声が、背後から降ってくる。中を抉る男だって、余裕の無さはそう変わらないと思う。
        「ゲ、イン…だ…っ、て…」
       首を捻って睨みつければ、上体を屈めたゲインにキスされた。
       ただでさえきついこの体勢は、彼の無茶な動きの所為で更に内奥まで届いてしまって、なんというか軽く死にたくなる。
        「そりゃ久しぶりだし」
        「最…低…っ」
       悪態をぶつけられたゲインは艶っぽく片眉を上げると、ゆる…と腕を伸ばしてゲイナー自身を包み込む。
        「い…っ、ちょっと…!」
        「人の事は云えないなぁ、青少年」
       そのまま、嫌がらせのように強弱をつけて執拗に擦られる。今この状況でこの男に文句を云った自分が馬鹿だった。
        「ちょ…やめ…っ、…ぅあ…っ」
        「男はかくも即物的な生き物なんだよ」

       確かに。
       こういう事をしているとつくづく実感させられる。
       自分の中に確実に息づいている、卑小な男の性を。
       それならあの夜の自分も、ただの生理的な現象という名の延長線上であんな事をしてしまった…とも考えられるのではないか。
       しかし最中にゲインの事を考えてしまったという時点で既にアウトのような気がする。

       ぐ、と指先で強い刺激を送られたそこは、握り込まれた掌の中で容易く達してしまった。
        「……っは…」
       朦朧とする意識の中で、それでも懸命に理性を保とうとする。
       ゲインが不在の時、あの時感じた彼に対する自分の想いを知りたくて。だから。
       この行為の果てにあるものが真実だとは思えないけれど、意識を手放したくなかった。
       きちんと、最後までゲインを感じていたかった。

       限界間際の息遣いや、その視線、表情。
       耐えるように少しだけ眉を顰めるそれが、彼の快楽の感じ方だと知ったのは何時だっただろう。

       ひとつになって、その先。

       自分達はどうするのだろう?

       追い詰められ、貫かれ、弱い処を擦られて、そこから生じる甘い衝動を感じながら、ゲイナーはようやく瞳を閉じた。

       (僕は、どうしたらいいんだろう?)

       胸に巣食う、この行き場の無い、理解不明の感情を持て余して。



        「…んー?」
        「だから、男は即物的だって話」
       気怠い余韻をひきずったまま、生温いシーツの中で他愛無い会話を続ける。
       隣で飽きもせず薄茶色の髪の毛を撫でているゲインは眠そうだったけれど、ふうん、と相槌なのか寝言なのか分からない言葉を返す。
       人肌はあたたかい。
       直接触れ合っていなくても、傍にいるだけで、温もりを感じる。
       不思議だと思う。

        「こういう事やってると、つくづく痛感させられるんです」
       身体を重ねれば重ねる程。
       その温もりが、何時の間にか手放せなくなってしまっている。
        「自分がひどくちっぽけな存在だって」
       寝物語にしては哲学的なそれに、男は黙って耳を傾けていたが、
       それは少年が後悔しているのか、それとも開き直った上での言葉なのか、見極める事は出来なかった。
        「…俺は好きだがな」
        「…?」
        「即物的で、一途で単純。本能のままに行動する、男ってのがさ」
       分かりやすくていいじゃないか。
       そう云って小さく笑うと、傍で横たわっているゲイナーを引き寄せる。軽い抵抗は、疲れている所為か珍しくすぐに止む。
        「そういうもんですか」
        「そういうもんだ」
       何となく煙に巻かれた気もしたけれど、追求するには気力も体力も不足していたので、息を吐いて、口を噤んだ。
       理解不明のこの感情の答えはまだ、見つからないけれど。
       「そこ」に近づいてはいるような、そんな気がした。

       とろとろと襲う眠気。
       ふと隣に目を遣れば、何時の間にか一足先に眠ってしまった男の顔が傍にある。
       今まで忙しかった反動か、自分と話す時のゲインはいつもより穏やかで、落ち着いていて。
       そしてどうやら自分がそんな「居場所」になっているという事実に、妙な面映ゆさを感じた。だから。



       もう少しだけ、ここに居よう。
       この胸のざわめきの正体を、確かめたい。



       無防備な寝顔を見つめながら、そう、思った。

 

 

       ◆end◆

 

       

       人様にお祝いとして捧げたので頑張って書きました
       お祝いの品なので壁紙もつけて少しおめかし。