![]()
徹夜は割と苦にならない。
が、単に頭がそう思っているだけで(「そう」思うよう自分自身に対し条件付けしてあるだけで?)、
しかし何日もそれが続くと身体の方が保たないらしく、じりじりと静かにゆっくり限界を告げ始める。
集中力も判断力も鈍るし、作業能率も目に見えて落ちていくのだ。
余りいい事ではないと分かってはいるが、そんな事を云っていられる程暇で楽な仕事でもない。
デッキの奥にある武器庫で銃の手入れをしている最中、いやに首が痛むと思ったらグリップを握ったまま無意識に舟を漕いでいた。
自分が眠っている事にも気づかなくなっているのはさすがにどうかと思い、バッハクロンの操舵手に一言告げて部屋に戻る事にした。
久々の自室、コートを脱ぎ捨てチャブスもそのままにさっさとベッドへ横たわる。
自分の身体の重みを受けてギシ、とスプリングが立てる音。それさえ甘い誘惑に変わり睡眠欲をくすぐった。
瞼が重い。どろりと意識の端から闇に溶けて沈んでいく途中、全てが面倒くさくなって、何もかも放り出したい衝動に駆られた。
眠りに落ちる間際、こういう考えに陥る時は大抵タチの悪い夢を見る。
心の中でうんざりしながら、半睡状態のまま無造作に手を伸ばすと、
自分のベッドの筈なのに、たぐり寄せたシーツからは他人の匂いがした。
あいつか。
困り果ててここに来た。
嫌だと云っては流され喘いだ。
ここで。
何度も。
もう居ないのに戻ってこないのにこんな匂いをさせていくなんて、最悪じゃないか。
手をあと少し伸ばせば届きそうなこんな残り香だけを置いていくなんて、反則じゃないか。
閉じた瞼の裏に見慣れた薄い茶色が散って、のろのろ目を開ける。
眠らないのは夢に出るから。
眠れないのは思い出すから。
自分の中の架空と想像の産物であるそれはけれど驚く程リアルで、不思議な気持ちになった。
こんなにも思い出せるのに。
髪の色も感触も生意気な声も白い肌も細い身体も意志を秘めては揺らいだ瞳も眉を寄せて自分を感じた顔も噛みしめた唇も全部、ぜんぶ。
こんなにも近くにいたのに。
![]()