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耳障りで不規則な自分の呼吸。
砂でざらついた視界に広がるもの。
彼女の首を、
「…二、三日中にイマがこの辺に来るみたい」
ベッドの上、ペディキュアを施しながら女は俯いたままで云う。
「だからそろそろ荷物まとめた方がいいよ。お訪ね者なんでしょ、あんた」
ふー、と塗り終わった華やかな足の爪先に息を吹きかける、その動作で、長い薄茶の髪の毛が痩せた肩にさらさらと流れていく。
安い娼館の女達は何も求めないし何も聞かない。それが心地よくて全て忘れたくてここに転がり込んでもう数日経つ。
貪るように身体を求めて、気を失うように眠って。
「…あぁ、これは別に答えてくれなくていいけどね」
そう前置きして、女は長い髪をうっとおしそうにかきあげながら、再び爪に色を塗っていく。
「褐色の肌の子は、好みじゃない?」
エナメルの匂い。
シーツにくるまったままで、それを嗅ぐ。
「あんた誰とだって寝るのに、その子達には絶対手をつけなかったでしょ」
ぬるいシーツの間をくぐって、腕を伸ばす。
触れた女のふくらはぎは、情事の後だというのにひんやりと冷たかった。
「首が」
太股、くびれた腰、すがるように腕を回して、その柔らかさを感じる。
不健康な程痩せているのに、そこだけは確かに女特有のラインで。
それなのに、腰に巻かれている筈の組み紐が無くて。同じ色がひとつとしてない、組み紐が。
どこにもなくて。
「首がないんだ」
「首?」
灼熱の太陽。
はじけるような笑い声。
漆黒の長い髪、小麦色の艶やかな肌。
首だけになっても、ずっと笑って自分を見ていた。
過ちを、失敗を、犯した罪を、いいのよ。と許すように。
そんな姿になっても、まだ。
いっそ責めてくれた方が楽だったのに。
「だから」
血は全て砂の中に流れていった。それはとても綺麗だった。
白い砂漠は清潔で、全てを浄化して、けれどあのリングは?
彼女の足首を飾っていた、あのリングは?
「探さないと」
髪の毛に冷たい掌の感触が落ち、ゆっくりと指で梳かれる。
「つなげてやらないと」
唇が額に触れた。哀れむように、言葉を止めるように。
安っぽい香水の匂いが鼻を掠めて、それだけで条件反射のように瞼が重くなる。
「もういいわ。ごめんなさい」
カサリ、と傍で小さな音がした。
目線をずらすと、くしゃくしゃになったシーツに女の脚が包まれている。
折角塗った爪からは色が剥がれ落ちてしまい、何故だかひどく哀しくなった。
「ごめんなさいね」
あのリングを拾って。
胴体を抱えて、ぽつんと落ちている首の傍まで持っていって。
それをつなげてやったら。埋葬してやったら。全てが終わるだろうか。
ガエラは自分を責めてくれるだろうか。
それともやはり笑ったままなのだろうか。
あの頃のように。
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