つめたい手。

触れた時、そう思った。つめたい唇。
その後残酷な言葉を投げつけられて、だけど反論が出来なかったのは。
立ち竦んだまま恐怖にも似た感情で、ただ自分が凍ってゆくのを見ているしかなかったのは。

嫌になる。

鬱々とした自分の思考に。もう彼はいつもの彼だというのに。
夢から覚めたようなそんな表情で、けれど彼はいつものようにこちらを見ていた。
視線はずっと、感じていた。少なからず、違う、きっと好意を持たれている事を知っていた。
それでも反応を返せなかったのは、それはずっと私が逃げていたから。彼は全然悪くない。
なのに、あんな酷い言葉を吐かせてしまった。

 「サラ、寒くない?」

真っ白な息。帽子を目深にかぶって、こちらに手を差し出す。
少しだけ躊躇するように、おずおずと伸ばされた、ゲイナーの手。

怖かった。

また、あの時みたいにつめたかったら?
また、蔑んだ氷のような瞳で見下されたら?
また、私の想いをはねつけられてしまったら?

だって救ったのは私じゃない。
私じゃゲイナーの目を覚ます事が出来なかった。
怒る事も、許す事も、愛する事も出来なくて、ただずっと寒さに震えていただけだ。

 「サラ?」

不思議そうに、こちらを窺う瞳。

眼鏡のレンズから覗く薄い茶色の、柔らかく穏やかな虹彩。
こんなにも好きなのに。
こんなにも好きだったのに。

 「…どうしたの?」

どうして私じゃ駄目だったのだろう。救えなかったの。
今更この気持ちに辿りついて、必死で自分の想いを伝えようとして。
だけど、それが驕りなんだよ、と凍りつくあの瞬間、云われた気がして。

彼の中に踏み込む事が怖くなった。

 「やっぱり寒いかな、戻ろうか」

シンシアを呼んでくるよ、と弱々しい笑顔で云うと、
ゲイナーは長い間こちらに差し出していた手をゆっくりと戻した。
そんな動作にすら心細くて泣きそうになる。
このまま置いていかれそうで。手を取らなかったのは私なのに。
振り返って、一歩を踏み出す背中。
白い雪の大地に、サク、と彼の足跡が残る。それがだんだん増えていく。
目が覚めてからもずっと不安で。身体が暖かくなっても心の底は冷えたままだった。
オーバーデビルが見せた悪夢は、今でも見えないところでわだかまり、引っ掛かっているけれど。

ごめんなさい、ゲイナー。

それでもやっぱりあなたが好きなの。