悲しみが乾くまで (2008)


 オードリー(ハル・ベリー)は、夫のブライアン(デヴィッド・ドゥカヴニー)と二人の子ども・・姉のハーパー (アレクシス・リュウェリン)と弟のドーリー(マイカ・ベリー) に囲まれて、平凡で幸せな日々を送っていました。ところがある日ブライアンは、アイスクリームを買いに出かけた先の路上で夫婦喧嘩の仲裁に入り、突然射殺されて帰らぬ人となりました。お葬式の準備をしているときにブライアンの親友ジェリー(ベニチオ・デル・トロ)のことを思い出したオードリーは、実は彼のことあまりよく思ってなかったのに、どうしても迎えに行こうとします。そんな気持ちを汲んで、オードリーの弟ニール(オマー・ベンソン・ミラー)がジェリーを迎えに行きます。ジェリーは元弁護士なんだけど、どういう理由かわからなかったけど、クスリに手を出して今はヘロイン中毒で酷い生活をしているのでした。
 これは、最愛の夫を亡くした女と たった一人の親友を亡くした男の物語。ただ悲しみに打ちひしがれてるというのではなく、繊細な感情がたっぷりと描かれていきます。

 何年ぶり? やっと新しいデヴィッドに出会えました。出演シーンはそれほどないんですけどね、でも作品全体を通してブライアンの存在が充満しています。回想シーンで観たブライアンの姿は、直接観ていないブライアンという人物のあれこれにも 気持ちの中で広げていくことができました。つまり みんなの心の中にある彼の存在、彼への想いに、共感することができたのです。

 始まって間もなく、ブライアンの母親が鎮静剤を飲んで眠っていることについて、オードリーが子たちに言うんです 「だって、息子を亡くしたのよ。」 そしたらハーパーだって悲しいもの 「お父さんを亡くすより悲しいの?」って聞いたかな。 オードリーは 「比べものにならないくらい。」って・・・大切な人を亡くす悲しみを比べることなんてできないかもしれないけど、子に先立たれる親の悲しみほど大きいものはないと思っているUKIUKIは、その一瞬で涙が溢れてきてしまい、後はもうずぅ〜っと泣きっぱなしでした。
 このときオードリーだって悲しいのでしょうけど、彼女がブライアンはもういないんだってことをただ受け入れて悲しみにくれることができたのは ずいぶん後になってからのことでした。それまでの複雑な思いが描かれていきます。
 オードリーには、何かにつけて ”わからない”という感情が見て取れました。なぜ葬式の後、ジェリーにもう少しいて欲しいと言ったのか、それから 一緒に住んで欲しいと頼んだのか、いくつか理由はつくと思いますが、彼女自身は 理由なんてわからないけど 今はただそうして欲しいと思ったんじゃないかな。

 オードリーがジェリーに「(ブライアンは)誠実な夫だった」と言います。以下セリフ(曖昧な記憶ですが・・)は字幕のもので、意訳も入って原語とはニュアンス違っているかも・・です。オードリーがこの時このセリフっていうの、少し違和感ありましたが・・直訳だったのならごめんなさい。それにしても、ブライアンはどんな人だったのかというと、”誠実”がぴったりではありました。でも、ブライアンのことを完璧にかっこよくて素敵な夫であり父親であったとして描かれているわけではありません。誠実で愛情たっぷりでも、そりゃ気に入らないことや上手くできないこともあるしちょっとした内緒もある普通の夫婦・親子であり幸せな家族だったのです。

 ブライアンとジェリーは幼馴染みで親友です。母親が忘れてしまっていた小さい頃のブライアンの面白エピソードとか覚えていたりします。選んだ仕事は違っても、それぞれにその道でいい仕事をし、何より誠実で優しい性格は似た者同士だったんじゃないかな。ところが何がきっかけだったのか ジェリーがヘロイン中毒になって堕落していったとき、誰もが彼から去っていったけど、ブライアンだけは見放さなかった。
 家族でくつろいでいた休暇の最後の晩、オードリーはブライアンと二人 ちょっとロマンチックな気分だったかな〜、でもブライアンはジェリーの誕生日だからってオードリーを残して出かけていきました。また ブライアンは「ジェリーが盗ったのではない」と言うけど、車に入れてあったお金が減っていたことがあったりして(後のシーンでそのお金、車のシートの奥から出てきます)、オードリーにとっても、ジェリーは嫌な存在だったんです。
 葬式にやってきたジェリーは、子どもたちとすぐに打ち解けました。だってブライアンに子たちのこと、家族のこと、いっぱい聞かされていたから。安心して話せる存在だったんですね。
 ハーパーが学校を休んで行方不明になったとき、ジェリーはどこに行ってるか知っていた。ブライアンとハーパーは毎年その時期だけの あるお楽しみに、仕事と学校(適当な理由つけて休ませたんでしょうね)をサボって行ってたんです。オードリーには内緒(怒られちゃうからかな〜)の 素敵な秘密を、ジェリーには楽しそうに話してたんでしょうね。
 ヘロイン中毒で仕事も何もかも失い怠惰に暮らすジェリーには何の関係もないのに、経済のニュースを気にして ブライアンに仕事は大丈夫か?と聞くという。ブライアンは 「僕が(ジェリーに)奉仕をしているだけと思うかもしれないけど、・・・・・彼は僕のことを心配してくれるんだ。」と言うところがあります。UKIUKIは ドキッとしました。そして号泣です。親友だからブライアンはジェリーを見捨てなかったとか、時々会って食料を置いてきてやったり面倒を見てるとか、昔と違って今はそういう上下のつき合いになっていたというのではないんですね。お互いに いいことも悪いことも何でも話したり見せたりできる存在。ありのままを受け止めてもらえる存在、そして純粋に心配してくれる存在、だから親友なんですね。

 オードリーは突然ブライアンがいなくなった喪失感と怒りが絡み合って、どうして・・なぜ・・・と この事実とどう向き合っていいのかわからない様子。突然の混乱のなか、時にふと感じたブライアンとの些細なすれ違いが心にひっかかってくるみたいで、ブライアンと過ごした日々やブライアンの存在が自分にとってどういうものだったのかさえ ふとわからなくなるのか・・・。いえ、でもやはりそんなことは大きな愛情や幸せだった日々を裏切るほどのことではなく、ブライアンのいない生活は、眠りにつくことすら困難になります。そんな不安や迷いの矛先をジェリーに向けるのでした。
 オードリーがジェリーに 「あなたが死ぬべきだった! なぜ、あなたが死ななかったの? なぜ、ブライアンなの?」という言葉を投げつけます。
 オードリーはジェリーを寝室に連れてきて、一緒に寝て欲しいと言います。何を言い出すのか・・・「眠りたいの。」眠れないんですね。そしてブライアンがそうしてくれていたのと同じ格好で オードリーを包み込むように抱き寄せ耳たぶを引っ張ってもらいます。フツウはそんなの危険! ブライアンの存在が充満していますもの、ジェリーが狼にならないと信じていますね。でもこれって、すごくオードリーの我がままです。もちろんジェリーは、オードリーを眠りに就かせてくれました。
 ドーリーが ジェリーに励まされて、プールで潜ることができました。オードリーは 喜ぶのではなく、「ブライアンがどれだけさせようとしても できなかったことよ。あんなの見たくなかった。出て行って。」と怒ります。

 ジェリーはヘロイン中毒になってから、ブライアンの家族に会おうとしてなかった。いつか中毒を克服したら・・・という気持ちがあったような気がします。それはすごく難しいことだし、意欲的に止めようとしていたわけではなさそうだったけど、でもブライアンが会いに来ているときだけでも 全てを諦めて自暴自棄になっているふうではなかったです。ブライアンだけは自分を見捨てないでいてくれることで、本来の彼も生き続けていたように見えました。
 ところが突然ブライアンがいなくなって、ヘロイン中毒だけの彼になるところだった・・・けれど、オードリーや子たちやニールも他の家族も そして彼が親しくしていた隣人ハワード(ジョン・キャロル・リンチ)とか、ブライアンがみんなに会わせてくれて、ジェリーがブライアンのことをとってもよく理解してくれている親友だとわかって みんなが受け入れてくれたんだと思います。そうでなかったら、ヤク中患者なんて やっぱり敬遠するでしょう。それに中毒症状が出てないときのジェリーは、見た目に似合わず穏やかで包容力があって・・素敵な人物です。子たちがブライアンの代わりに・・と思ってしまうのもわかります。
 ジェリーは子たちには前向きな言葉をかけてあげますね。オードリーの気持ちは、そのままを受け止めてあげます。
 そしてジェリー自身は・・・一度クスリに手を出したら坂道を転げ落ちるように並大抵なことでは這い上がれなかったのに、ブライアンを亡くしてオードリの家で過ごすようになって、クスリはもう止めようとしてましたね。それでもクスリの中毒を克服するのはどんなに難しいことなのかが、よくわかりました。シーンの前後はあやふやですが、ジェリーにはケリーという女性との出会いもありました。彼女も大切な人を亡くしてからクスリを断っているのですが、ジェリーはそう簡単にはいかなかった。たった一人の親友がいなくなって、ジェリーの喪失感や葛藤はオードリーほど表に出してはこなかったけど、オードリーの家を出ることになって、じゃあこれからはしっかり人生を歩んでいけるかといえば、あっけなくクスリに手を出してしまった。彼は中毒症状が出ても、人に危害を与えるような恐さは見せませんでした。あくまでも彼自身だけの問題として描かれていました。そして、オードリーに連れ戻されて・・・。

 そうそう、予告映像見ただけで泣けていたシーン、ジェリーがそっとオードリーにキスをしそうになりますが、彼女は拒みます。その一瞬だけでしたね そういう雰囲気。そのとき お互いごめんなさいと言い合って・・・だって 二人にとって、ブライアンの気持ちは生き続けているし ブライアンへの想いは確かなものになってきたのでしょう。この物語、当然とも言えますが 二人のラブストーリーに進んでいかなかったのが良かったです。

 オードリーはブライアンの死を受け入れることができて、初めて思いっきり泣くことができたんだと思います。 悲しみとちゃんと向き合えたとき、彼女は自分の再生への道が見えてくるのでした。
 オードリーはジェリーの再生に力を注ぎたいと思うのでした。彼は彼女の援助を受け入れて、自分の問題を乗り越えたら それを返していくと約束するのでした。

 シーンの前後があやふやなまま長々と書いてきましたが、心揺さぶられることがたっぷりだったのに、上手く言葉にすることができなかったです。
 二人の周りの人物がみんな優しくて 主人公二人を見守ってくれてる感じ、特にハワードのジェリーへの寛容な態度は、それだけブライアンを信頼していたことの表れで 彼の親友だからということでしょうけど・・・。ニールやオードリーが ジェリーを迎えに行ったヤク中がたむろしている街で 怖い思いをすることもないし、全体的にキレイに描かれている感はありますが、それはオードリーとジェリーの心情に絞って描こうとしたからかな〜って気がします。
 切なく苦しいけど、心地よい涙がいっぱい溢れてくる作品でした。