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クラッシュ


 黒人刑事グラハム(ドン・チードル)と同僚でヒスパニックの恋人リア(ジェニファー・エスポジート)の車が、アジア人女性の車と衝突したというシーンから始まって、物語は1日前に戻ります。銃砲店で護身のための銃を購入する雑貨屋の主人ファハド(ショーン・トーブ)とその娘(バハー・スーメク)。何事も白人による差別とつなげてしまう黒人青年アンソニー(クリス・“ルダクリス”・ブリッジス)と彼ほどの敵意は持っていないけど彼に引っぱられているふうのピーター(ラレンズ・テイト)は自動車強盗。地方検事のリック(ブレンダン・フレイザー)とその妻ジーン(サンドラ・ブロック)は、アンソニーとピーターに襲われたことにより、その怒りと不安の言動が過熱していくジーンと事を穏便に対処しようとするリックの気持ちがかみ合わなくなっていきます。裕福な黒人TVディレクター キャメロン(テレンス・ハワード)と妻のクリスティン(タンディ・ニュートン)。差別主義者の白人警官ライアン(マット・ディロン)とそんな彼のやり方が我慢できなくなった同僚のハンセン(ライアン・フィリップ)。そして彼らを取り巻く人々・・・。

 ロサンジェルスを舞台に、さまざまな階層 さまざまな人種が住むこの街が人種差別のるつぼであることを見せつけられていきます。楽しむ映画でないことは初めから予想していましたが、はじめはこんな心地悪い映画観てられないって思いました。そんな中でジーンにあからさまに酷い言葉で軽蔑された鍵屋(マイケル・ペニャ)が終始穏やかな性格で、その娘と”妖精の透明マントのお話”をするシーンは素敵だったし、終盤のシーンも家族の愛を思いっきり感じて良かったです。また、ハンセンも正面きってライアンに抗議はできないけど、彼の正義感や良心の感じられる行動に救われるような気分で観ていました。
 とにかくはじめは、それは違うって怒られそうだけど、差別してる側だけでなくされてる側も含めて腹が立ってくるようなシーンが多く続きました。お互いの過剰な反応が余計に事態を悪化させてるようで、もうめちゃくちゃ。ところがなんと、中盤から事態はとっても複雑になっていくのでした。

 いちばんのショックはあの堕落しきって腐った警官だと思ったライアンが、必死になって人を救おうとするところを見たとき。しかも偶然その相手が・・・。また、尿道炎に苦しむ老父を夜も起きてほんとうに優しく介護して、治療を受けさせようと病院に電話したり足を運んだり。はじめのシーンでうっかり気づかなかったんだけど、後のシーンでそれがライアンだとわかりました。それは、感動というのではなく、なんか苦しい感じでした。
 登場人物多いのでそれぞれのストーリーは省略しますが、やがて彼らの運命は思いもかけなかった展開で複雑に絡み合っていきました。

 この物語は大きな感動を狙うとか差別をやめましょうとか、そういう作品ではないように思いました。そこでほんとうに巧みに描かれていたのは、人の心の中で複雑に棲み込んでいる悪意と良心でした。悪人が改心して善人になったとか、善人が悪いことをしてしまったとか、そういうのではありません。人種差別が渦巻く街そして気持ちをストレートに口に出す人が多いという国民性が手伝って解りやすく表に出てるけど、実は誰の心の中にも”善”と”悪”があるのだと思い知らされるような・・・、どうしようもなく悲しかったり割り切れなかったりもするけど、でも捨てたモンじゃないとも思わせてくれる作品でした。