My Comment

A.Q.
アントワン・Q・フィッシャー・ストーリー/きみの帰る場所


 海軍兵士アントワン・フィッシャー(デレク・ルーク)は、すぐにカッとなり仲間に飛びかかっていくので、精神科医のカウンセリングを受けるよう命じられます。心を閉ざすアントワンを辛抱強く受け入れる海軍精神科医ジェローム・ダヴェンポート中佐(デンゼル・ワシントン)に、やがて彼はぽつりぽつりと自分の心にしまい込んでいた重苦しい体験を話し始めるのでした。親愛の情さえ感じていくジェロームの導きや、そのままの彼を受け止めてくれるシェリル(ジョイ・ブライアント)への恋心を通して、不幸な体験を恥じていた自分を癒すため勇気を出して彼が胸の奥で求めている本当の家族を探す旅に出ることを決意し、何の価値もないと言われて育った自分だけど、実はそんな悲しみや屈辱感に潰されることなくしっかりと生きてきたことを誇れるようになります。

 デンゼル・ワシントンの初監督作品。脚本のアントワン・フィッシャーが自らの壮絶な生い立ちを綴ったシリアスな内容を、肩に力を入れない穏やかな作品に描いてあって、それがとっても気に入りました。はじめはなんか重そうな内容だし気分が沈みそうかなあと心配していたのですが、観ていくうちにこんなに素晴らしい真実の物語に出会えて良かったと思えてきました。アントワンの心身に与えられたあまりに悲しく苦しい体験が明らかになっていくと共に、しだいに強く優しく明るい感動が広がる素敵な作品になっていて、何度となく涙が溢れてしまいました。
 またアントワンに対する養母らの態度が何に由来するものかがさらっとでも押さえられていて良かったです。アントワンだけでなく黒人社会の抱える内なる問題を知って、いっそうジェロームやアントワンの存在が深刻な状況におかれている人たちの希望になるような気がしました。

 無名の俳優だったデレク・ルークはきっとかなりの意気込みでこの役に臨んだでしょうが、デンゼル・ワシントンは彼にそれを表に出さずに演じさせることで、この穏やかな雰囲気の中に込められたアントワンの人柄や心情を違和感なく感じさせてくれたと思います。
 アントワンは心の恥じる部分を中傷されると喧嘩っ早いという問題を抱えてはいても、もともと投げやりな人生を送らず語学を習ったり本を読んだり詩を書いたりと自分なりの生き方をしているとってもいい人です。そんな彼がジェロームに諭されて、悲しみ屈辱感や怒り憎しみに対して攻撃的になるのではなく、そのエネルギーを自分のために使うことをやっと理解していくことで自分への自信や誇りが生まれてくるのでした。そして後半たどり着いた人々との出会いで、彼は新しい自分や新しい人生を確信できたようで、気持ちの良いラストを迎えました。