白い巨塔 <TV> (2003〜2004)


 フジテレビ開局45周年記念ドラマということで全21話(2クール)かなり気合いを入れて作られたらしいドラマで、大学病院を舞台に医学界の内幕と生命の尊厳について描いている重い内容の物語です。
 自分が観ていたわけではないけど、田宮二郎の財前が映るTV(1978〜1979)を眺めてた記憶があります。なんか凄い存在感で取っつき難い雰囲気で、どこがおもしろいんだろうと思ってたような記憶がチラッと浮かびます。世間の評価はかなり高かったようですね。そんな作品を現代に設定を置き直してリメイクで記念ドラマを作ろうというのですから、結果かなり見応えのあるものになっていたと思います。そしてそこに伊藤英明が印象深い役で出演していることがとっても嬉しいです。

 実は、この物語の第一部(前半10回)はちょっと苦手です。中心的に描かれているのが医学界を象徴する大学病院内の”権力争い”ですもの。あんまり興味ないな〜。観ているのがちょっとしんどい。でも第二部(後半11回)はかなり見入ってしまいました。そこに起こっていることが もしかしたらあちこちで起こっていそうで身近にも起こりそうで、あれこれ考えてしまいます。そして全体を通して、誰が善で誰が悪とは言い難いところにまた心動かされます。

 はっきりしているのは、あんなふうに理屈をつけても事実を隠蔽しようとしたことはいけないことです。事実を前提に、争うなら争うべきだし過ちについては謝るべきです。
 ということで、財前五郎(唐沢寿明 )は患者を見てなくて上ばかりを向いて自分が偉くなることだけ考えている印象だけど、佐々木庸平に対してはともかく、普段から患者を感情的には見てないかもしれないけど、外科医としての腕を磨きより多くの患者を救おうとはしている。善人そうで正義を貫いているように描かれている里見脩二( 江口洋介)だって当たり前だけど自分とはすごく距離感があって、なんか良心があれば全て良しというわけではないな〜とか、財前の理屈の方が納得できるな〜ってところがあったりします。たとえば、告知に関しては里見より財前に賛成です。また里美が最期までこの大学病院で診てやろうとした林田かなこが、バス停のシーンで「ここは最後の時を過ごす病院じゃなかった」と去り際に言いますが、彼女を傷つけたとすればそれは里見だと思います。大学病院には大学病院の、開業医には開業医それぞれの特徴を生かして、ホスピスやへき地医療・・・と、その目的や医療範囲などは違うものだと思います。ただ、できる限りの診察の結果について十分な説明を行い、患者の気持ちも受け止めたうえでの適切な治療や時には患者のためになるより良い治療の勧めや適切な医療機関への紹介などを誠意をもってしてほしいです。
 あと登場人物としてまた演じる俳優さんとして、なんかすっごく嫌なタイプの人物のはずなのに どうしてなんだろ いいな〜って思えたのが財前又一(財前マタニティクリニック院長、五郎の舅)で 西田敏行でした。

 第二部の中心的なストーリーは、いわば平凡な食道癌患者の一人だったはずの佐々木庸平(田山涼成 )が肺への転移で死亡し、その診断・手術・治療が適切に行われたのかというものです。遺族は医療過誤を疑い、財前を相手に裁判を起こします。
 っで、作品的にかんじんな複雑に渦巻く内容や登場人物たちの思いは省略。浪速大学第一外科の若手医局員 柳原弘(伊藤英明)に注目!

 柳原ってなかなかハッキリしないで頼りなさそうだけど彼なりに頑張ってるし、悩むんだけど割り切ろうとしてでもそれを許せない心もある。あの中でいちばん普通の人が落ち込むだろうって葛藤が感じられて、だから寄り添えるっていうか、見放せないって気持ちで観ていたような気がします。面と向かって反対したり自分の意見を主張したりしない姿は、もどかしくもあり医師として見るとほんとうにガッカリさせられるけど、組織の中で生きる者として見ると普通の人のような気がします。

 柳原は財前を損得計算とかでなくほんっとうに心から尊敬してるんだな〜、かけてもらった言葉に涙ぐんだりするほどですもの。東教授よりも財前を尊敬している。緊張しつつ財前と同じ場にいるのが嬉しいような憧れの人を見る目つき。財前先生には教授になってもらいたいって、はっきり言ってしまうのも計算でなく本心ですね。
 そして、財前ほどの野心はないけどこの世界で立派な医師としてやっていきたい認められたいと純粋に思っている若者だと思いました。また、里見ほどの正義感はないけど良心は持っていると思います。
 佐々木庸平の癌の転移を真っ先に疑ったのは柳原ですよね。医師として微かな病変を見極める能力はあるのです。しかし、財前の力や大学病院内の秩序に呑み込まれていく。衰弱していく佐々木庸平を目の前にして財前からの指示に従うばかりだったのは不甲斐なかったです。佐々木庸平が死亡して、いちばん悔しくて腹立たしかったのは自分のことだったのではないかな。すごく泣いていたあの姿、人があんなふうに泣くのって見たことないような泣き方、どうしようもなく泣けてくるほんとうに苦しい泣き方ってあんなふうなのではと思えました。でも、思いっきり悩んで、 「君にできることは、今回のことを糧にして、いい医師になることだ。・・・」 「期待している。田舎のオヤジさんやお袋さん・・・自分の将来のためにも・・・」などという財前の言葉に縛られ、 やっぱりその後も組織に呑み込まれていく。裁判になり、証拠保全、事実の確認からカルテの改ざんをさせられ、そして明日は法廷で証言という夜、 「いいんでしょうか、カルテの改ざんをして、そのうえ嘘の証言なんて」 「僕、今まで、財前先生のいい所しか見てなかった、のかもしれない。」 と 裁判で偽証することを躊躇っていますが、結局 「僕は、ここに居たいんです!医者でいたいんです。」と・・・、ここにいたかったら嘘をつくしかないのです。
 裁判で偽証したところなんか最悪だったけど、最終的に裁判で本当のことを堪らず叫んでしまった後、病院で出て行け呼ばわりされても逃げないでそこにいる姿をみて、弱くて卑怯なだけじゃない気がしてきました。
 「1回謝って大学病院を辞めようと思った」けど、それではダメだって思い直し、大学病院に戻ってやり直すという結論を出した彼は強くなったと思いました。