愛、ときどき嘘 <TV> (1998)


 慶北大学外科医の白石鮎子(松雪泰子)は小児科医の夫 川野亮介(萩原聖人)と姑で内科医の貴子(馬渕晴子)の3人で理想的な家庭を築いていた。鮎子が無意識に仕事を優先していても、亮介はいつも優しく鮎子を支えてくれていた。亮介の優しさに甘えて幸せに暮らす鮎子は、やがて子供ができて今の幸せがもっと膨らんでいくのを想像していたのでしょう。  ところが結婚して3年経ち、夫婦で受けた検査の結果自分が不妊症であると分かった日、落ち込む気持ちを晴らそうと屋上に出た鮎子は、そこで見知らぬ青年に突然抱きつかれたかと思えば、3年ぶりにドイツ留学から帰国した元彼の先輩外科医照井治(阿部寛)にも抱きしめられてしまうのでした。
 そしてその青年が川野家に訪ねて来て、自分は貴子の息子で亮介の弟、千里(伊藤英明)だと言い出すのでした。さらに貴子が外出先で倒れ、手術後に記憶喪失が残ってしまいます。貴子に思い出してもらえない鮎子と千里。千里と彼の育ての親 中島葉子(東ちづる)が、しばらくの間一緒に住むことになりました。

 お互いを思いやる優しさと気遣いに包まれた夫婦の深い愛情と信頼関係が、何かのきっかけでほんの少しほころび始めると、そのお互いの優しさや気遣いまでにも腹が立ち傷ついてしまう。。。
 鮎子と亮介の場合、そのきっかけになったのは、不妊治療のこと?千里の出現?照井の気持ち?貴子の病気? それがひとつずつ起こったなら、お互いの思いやりでちょっとした嘘を潤滑油にして解決されていって、やがて何事もなかったように幸せな夫婦の日常が取り戻せたのではないかと思います。でもそうさせなかったのは、千里の言わなくてもいいことを遠慮なく言ってしまう言葉と、彼自身の秘密だったような気がします。嘘は時として、無意識の優しさから生まれるのですから、千里が来なかったら、うまくいっていたかもしれません。彼のストレートな言葉がほころびを作り、さらに彼の秘密の願いに心を寄せた鮎子とそんな彼女を理解できない亮介はそのほころびを大きく広げてしまいます。でも、それは二人が正直な気持ちを探すのを手伝ったとは思うのですが。。。千里は結局夫婦の愛を壊しに来たのか、それとも・・・。

 相手を傷つけまいとついてしまうちょっとした嘘。相手の本心は望みはどうなのかと思い悩んでは、自分もそれに合わせて嘘の気持ちに納得しようとする。いくら家族だって、黙っておいたほうがいいと思うちょっとしたこと。そういうことって、どんな夫婦にも少しはあるんじゃないかな〜と思いました。それが全くないのは、やたら喧嘩ばかりする思いやりのない夫婦のような気がします。でもそんな秘密をなくすはずが、ひとつ増える嘘。怒りと情けなさに割り込んでくる、誰かのストレートな気持ち。鮎子の心は混乱し、思いがけない家族の秘密に動揺する亮介との間にできたほころびが、少しずつ大きく広がっていくのでした。今まで全てが理想的だったからか、そんなに頑張らなくても・・・と思うのですが、「無理をするなってことは、自分に嘘をつくなってことだ。」と照井は言うし、「どうせ正直になるなら、もっと自分に正直になりなよ。」と千里は言うのです。気持ちがかみ合わなくなった夫婦だけど、それでもやっぱり深く愛しているからという理由で、彼のために別れたい! それを彼女が望むなら! という結論になるのでしょうか。。。

 理想的な夫婦にわき起こった大きな葛藤の嵐って物語ですが、しかーし、UKIUKIにはサイドストーリーとも言える千里の物語にすっかり心を奪われてしまって、目がじわーっと胸がぎゅーっとしっぱなし、後半は涙がぼろぼろこぼれっぱなしになりました。
 伊藤英明の俳優としてのキャリアがまだ短いころのドラマなので、きっと登場シーンも少ない役だろうと思って軽い気持ちで観始めたらなんと、物語の中でなんて重要な役柄! 驚きましたねー。余命短い運命と、訪ねて行った産みの母と心が通わせられない状況と、義理の姉への微かな恋心、育ての親への感謝の気持ち、始まったばかりの兄弟関係、大切な友人タケオ(押尾学)・・・複雑な感情でいっぱいの青年なんですもの。キャラクターの若さからくるいろんな感情がすごく出ていて、若い伊藤英明だから観せてくれたいっぱいの見所に見とれつつ、今となっては貴重な作品だと思いました。


***千里の物語を振り返って***
 屋上のオープニングシーン、千里の表情の変化はインパクトがありました。
 はじめて観たときには、なにこの人!?って思ったし、きっと鮎子もそうだったでしょうね。でもわざとの態度のなかになんか切実感があって、後から思うと本心も入っていたんじゃないかな〜。
 あのまま鮎子がやって来なかったらどうだったのかと、考えてしまいます。でも、実の母の存在を知って会いに来たのだから、本当に空見てただけかも。それにしても、あんなことするなんて自分の病気のことや産みの母に受け入れてもらえないかもしれないなどと精神的に不安定になってて、やっぱり本当に”空に吸い込まれそう”になっていたのかもしれない。。。

 千里は、母や兄に出会ったら同情されることなく自分を受け入れてほしい、本当の愛情を確かめたいと、病気のことを隠していますが、観ているUKIUKIは知ってしまっているわけで、元気に育ってきた子がこんな若さで、予想もしてかったでしょうに拡張型心筋症であとわずかな命だなんて、千里は嫌でもやっぱり”かわいそう”だし、一生懸命愛情を注いで育ててきた母親葉子の辛さには”同情”してしまいます。
 おふくろ(葉子)への感謝を込めた優しさがあったかいですね。それでも実の母親の気持ちを確かめたいんですね。自分は捨てられたのか、愛されているのか。大人になって、思いがけなく死が近くにやって来たとき、やっぱり確かめずにはいられなかったんですね。

 千里の命の火が消える前に、貴子が記憶を取り戻してくれるようにと祈るような気持ちになってきますが、時間が必要とか、時間が解決するっていうの、千里にはなんとも辛い言葉なんだから、観ていて辛いです。

 ところで、千里の礼儀知らずな行動や失礼な言葉にはあんまりだなと思うこともあるのですが、でもけっこう人の気持ちを読み取ったり、物事を厳しく見つめていたりして、ただ嫌なヤツってだけじゃない感じでドキッとさせられるのです。そのなかでふと見せる表情や、彼の心の内が覗けてしまうような言葉に、胸がきゅーっと締めつけられる感じ。

 千里が鮎子に、自分の弱さをさらけ出すところが堪らないんですけど。。。若くてカッコいい青年のそういう姿が違和感なく出せるというのが、伊藤英明の素敵なところです。千里はそれが本当の気持ちなのに嘘だよってふうに冗談にしてしまい、そんなとき見せる笑顔がまるで少年のようですが、観ているUKIUKIはそれが切ない。そして鮎子の後姿を見送る時の表情がまた何気に重たく沈んでいったりして、胸が締めつけられるような想いになって涙が込み上げてきてしまいます。

 死ぬのが怖い!って言えるのは鮎子にだけ。たしかに、葉子には負担になりすぎるってわかるし・・・。若い人が死を見つめて残された短い時間をどう生きるかって、堪らなかったでしょうね。だからレースだと言って気を紛らわせたり、”狼少年、千里”ってことにしたり。本音を言っては、嘘ということにしてごまかす。同情から生まれる気持ちは嫌だったんだ。みんなに可哀想にって大事にされたら楽なのに、やっぱり本当の気持ちが欲しいんだ。
 最後に兄の亮介に、死ぬのが怖い!って言えたの良かったな。

 鮎子にもらった自分のためだけの時間。何度となく発作のシーンを繰り返してきて、この辺りからはもう、彼の最期がいつ訪れてしまうかとの恐怖につつまれて観ているわけで、千里自身がどれほどの恐怖と闘っていたかと想像してしまいます。彼は、大切な最後の自由な1日をどう過ごしたいかを自分でしっかり計画立てていて、そういうところに芯の強さを感じました。タケオも交えての時間を持ち、タケオに協力してもらったことはタケオにも心残りを残さない心遣いになっていたと思うのですが、そうして鮎子と二人海で過ごした時間は、とっても切ないけど素敵な思い出になったと思います。

 千里にはずうっと嘘が必要だったけど、鮎子の前では本当の気持ちでいられるようになって、救われた思いがしました。でも、残り時間はあとわずか、自由な時間はもうこの時だけ、最後は嘘の愛でもいいから欲しかったんです。もう切なくて堪りません。

 タケオだけは泣かせたくないと思う友情はいいですね。気持ちを共有できる者どうしだったんでしょうね。親に捨てられたタケオにとって、千里は大切な存在だったでしょうし、千里を亡くすことは辛いはず。タケオを気遣う千里だけど、タケオだって千里のことふつうの人以上にちゃんと見ていたし、このあと最後まで見送ってくれた気持ちが嬉しいです。

 川野家に帰って、家族全員で食卓を囲んだ夜。そして、翌朝の入院。家族の思い出が語られ、隠されていた事情が明かされ、愛を確かめ合い、感謝を伝え、そして新しい家族の絆も結ばれていき、・・・ほんの少しの時間だったけど、確かに家族として過ごした時間。

 千里のシーンは、どれもみんな心に浸みて印象に残るものでした。千里の言葉は、本音も嘘もどれもみんな彼の心の叫び、彼の苦しみ・悲しみ・願い、そして彼の優しさ、彼の愛情。。。
 あまりに突然、早すぎる最期だったけど、家族みんなの愛に包まれて安らかな気持ちで旅立っていったことが救いです。それというのも、彼自身の切実な想いがみんなの心の扉を叩いて開けさせたのだと思います。みんなもまた、彼に救われたのだと思いました。

 昨日の入院時に、献体を申し出ていた千里。
 そして千里が残したものは、それだけではなかったですね。

 貴子が葉子に「私は、あの子を産むことを選んだ。あなたは、あの子を育てることを選んだ。だから、千里にとって、私たち二人とも母親よ。」って、母であったことの喜び。

亮介「こいつはこいつなりに、精一杯生きたんだよね。そいで、ここに帰ってきてくれた。」
鮎子「亮ちゃんと、お母さんに会うために。」
亮介「ちゃんと会えたよね、俺たち。最期に、笑ってくれたもんな。」と、家族への愛。

(千里がいた病室で彼のためにタバコを吸うタケオに、鮎子は千里が残した手紙を渡す)
千里の手紙「タケオ!楽しかったよ。お前と会えてよかった。
ほんとありがと(う)な!さっさとイイ女見つけて、
今度は振られん(る)なよ!
最後に一つだけ頼みがある。
もし、俺が死んでから、ドクター夫婦がうまくいってないみたいだったら、
ここに一緒に入れてある手紙をドクター(ふたり)に渡して欲しい。」( )内は文面

(亮介との離婚を決意した鮎子に、タケオが千里の手紙を渡す)
千里の手紙「ドクターへ!そしてドクターの愛する人に。
ドクターはやっぱり俺に似てる。誰かをすごく愛してるのに、愛し方が下手なとこ。
ちゃんと言いなよね。今、ドクターの隣にいる人に、「愛してる」って。
ドクターとこの手紙を読んでくれる人が、必ず、兄貴でありますように。千里」

千里が夜中に一人ぼっちで、薄暗い病室で書いた二通の手紙は、きっと彼らの支えになったと思います。